5 名付けセンス問題

 夕飯を食べ終えた私たちは巨大テントから出て、一人分の小さなテントに移った。私は相変わらず抱っこされている。


「今夜の見張りはタイタスとデヴァンの二人か……。何事もなければいいけどな」


 ハル様はそう呟くと、地面に敷かれた布の上にゴロンと横になった。そこで寝るんですか。めっちゃ硬そうだけど大丈夫ですか。


「どうしたんだ。おいで」

「ペ、ペヘェ」

 ぼけっと突っ立ってる私を不審に思ったのか、ハル様は自分の隣をぽんぽんと叩いている。


(いや、そんな。と、年頃の娘が、成人男性と一緒に寝るなんて……って、今の私はペンギンだったわ! ただのペット枠って事ですね!)


 私は破れかぶれになってハル様の横にもふっと寝転がった。毛皮のせいか意外と寝心地は悪くない。何と言うか、毛布を体に巻きつけて寝てるような感じだ。

 ハル様が横向きになり、肘を立てて手の平に顔を乗せ、私を見下ろしている。何か考え込んでいる様子で。


「おまえの名前を何とかしないとな……。鳥で、羽毛が白くて……でも小さいから……」


(私の名前を考えてくれてるんだ……! どんな名前になるんだろ。この世界は欧米風だから、エリザベートとか? それともジョセフィーヌとか……!)


 ああ、胸の熱い鼓動が止まらない。ドキドキする私をじっと見つめながらハル様が言った。


「ペエと鳴くから、そのままペエと呼ぼう」

「…………」


 失望が深い。さっきまでの『鳥』だの『白い羽毛』だのいう情報はどこへ行ったのか。考えてる間に霧散しちゃったんですか。

すごいイケメンでも命名センスには恵まれなかったらしい。


「……気のせいかな。おまえの視線に生ぬるいものを感じるんだが」


(いや、気のせいじゃないですよ。アナタの中に致命的な欠陥を見つけてしまって、複雑な心境なんですよ)


 私の失望を感じ取ったハル様が頭を抱えている。苦悩するイケメンは絵面えづら的には麗しいのだが、どこか滑稽というかシュールというか……。


「う~ん……。じゃあ、ペペとかどうだ?」

「ペエ……」

(もうそれでいいです。少なくともペエよりはマシだし)


「いま明らかに妥協しただろ。ハァ……。俺だって分かってるんだ、自分に命名センスがないって事ぐらいは。公爵家で飼ってる動物たちも全部セルディスが名付けてたからな……。俺が考えた名前は片っ端から却下された」


 きっとワンと鳴くからおまえの名前は『ワン』だとか言っちゃったんだろう。

 その安直さが許されるのは小学生までだと思います。


(にしても、さっきコウシャクケとか言ってたな……。コウシャク――公爵? まさか貴族ってこと? だから様付けで呼ばれてたの? でも貴族がいるのってイギリスぐらいだと思ってたのに、他にも……。あ、そっか。ここは地球じゃないんだっけ)


 妙な世界にやってきて何時間も経ち、私は少しずつ現実を受け入れ始めていた。

 ……と言うより、受け入れるしかなかった。



 光る円に落っこちて、珊瑚みたいな色の髪のお姫様に会って。周りは知らない人ばっかりで、みんな大昔のような古風な服を着てて……唯一味方だと思った爽真は私に気付きもしない。ペンギン化したから仕方ない事なんだろうけど。


(爽真は今頃どうしてるかな……。お母さん達は心配してるかなぁ。悠斗の面倒は誰が見てるんだろ)


 私の家は貧乏なわりに子沢山で、私は六人兄妹の上から三番目だった。一番下の悠斗はまだ三歳で、弟の面倒を見るのは私の役目だったけど……。勉強と育児に追われる日々に疲れて、あの家に帰りたいとは思えない。


(私は薄情なのかな……。帰りたいって思えないなんて)


「ど、どうした。なんで泣いてるんだ? 母鳥が恋しいのか」


 悶々としてる内に泣いてしまい、ペンギンの涙を見たハル様が慌てている。彼はもふっと私を抱きしめた。


「よしよし。俺が母鳥になってやるから泣くな。いつかおまえが巣立つ日まで、しっかり面倒を見てやるからな」


「ペエ……」

 ハル様はいい人だ。突然現れた変な鳥を不審がりながらも拾って世話をしてくれている。


(もう覚悟を決めよう。この世界でペペとして生きていくんだ。少しでもハル様たちの役に立てるように頑張ろう)


 こうしてペペとなった私は、イケメンの腕の中でぐっすり熟睡したのだった。

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