4 そのご飯はいらん
団長の後ろから女性の声がしたかと思うと、周囲の人が待ちかねたように声の方向にむかって歩き出した。人垣の奥に湯気のような白い煙が見え、辺りにはキャンプをした時のような焦げた匂いが立ち込めている。
(ご飯? ご飯ですか……!)
ペンギン化ショックで呆然としてたけど、すでに日は落ちたのか周囲は暗い。ちょうど夕ご飯の時間帯だ。私のお腹からキュウゥと音が鳴った。
「腹が減ってるのか。よしよし、おまえにも何か食わせてやろうな」
「ペエ!」
(やったぁ。温かいご飯にありつける!)
ワクワクしながら団長に抱っこされていると、大きなテント――というよりモンゴルのゲルみたいな場所に着いた。中で大勢の人が食事をしている。オレンジ色に光るランプが眩しくて、何となく林間学校を思い出した。皆でキャンプファイアーしたっけ。
「あっ、団長! そいつの食事を用意しておきました!」
私を森で発見したお兄さんが、手に鉄製の薄いお皿を持って呼んでいる。
「ウォーカーは本当に面倒見がいいな」
呟くように言う団長と一緒にウォーカーさんの所へ行くと、彼は満面の笑顔で私に皿を差し出した。気のせいか、皿の中で何かが動いている。いや――気のせいじゃない。皿の中には踊り狂う二匹のミミズが。
「ペンギャアアアアッ!」
(こんなモン、食えるかぁぁああッ!)
私はちゃぶ台返しをするように、渾身の力を振り絞って皿を吹っ飛ばした。皿とミミズは布の壁にぶち当たり、地面にぽとりと落ちる。うへえ、まだウネウネしてる。
「あーっ! せ、せっかく土の中から見つけて来たのに……!」
「ペ!? ペ、ペペェ……」
(ご、ごめんなさい。でもアレを食べるのは無理なんです!)
ウォーカーさんが目に見えてしょんぼりしたので、私は慌てて両フリッパーをお腹の上に当ててぺこぺこと謝罪した。団長が感心したように「ほう」と呟いている。
「まさかこいつ、謝ってるのか? ミミズを捨てたから?」
「へえーっ、賢いなぁ! さすが団長のペットになるだけの事はある。人間の言葉が分かるんじゃないですか?」
「そんな訳ないでしょ。はい、ウォーカーとハルディア様の分ですよ。温かいうちにどうぞ。ついでにその鳥さんの分も持ってきました」
お食事ですよと叫んだ声の人が、トレイに三人分の食事を載せて持ってきてくれた。助かった。ミミズを食えって言われたらどうしようかと思った。
「シアラ、気が利くじゃんか。もしかして団長のこと狙ってたりする?」
「バカ言わないでよ。ハルディア様を射止めるんだったら、その前にまずセルディス様のお眼鏡にかなわなきゃ無理なんだから。この隊にいる女なら誰でも知ってることだわよ」
シアラさんはフンッと鼻を鳴らすと竃の方へ戻っていった。団長の名前はハルディアというらしい。でもセルディスって誰だろう。しかも何でこの二人だけ様付け? 偉い人?
「人間の食べ物を与えていいのかどうか、迷うな……。かといってミミズは駄目なようだし」
「ペエッ、ペペペエ!」
(それでいいです! その食べ物をください!)
ハルディア様が皿の中身を見ながらぶつぶつ言うので、私は必死にジェスチャーした。皿をフリッパーで指差し、それから自分のくちばしをぺしぺしと叩く。お皿に入っているのはシチューのような料理だ。
「食べさせてくれってことか?」
「ペエ!」
「変な鳥だな……。本当に言葉が分かるらしい」
ハルディア――もうこの際だから勝手にハル様と呼ぼう。ハル様はスプーンでシチューをすくうと、私のくちばしに入れてくれた。
「ペハァ……!」
温かい。おいしい。想像してた通り、日本で食べたシチューと同じ味だ。ちょっとコクが足りない気もするけど。
「うまいか?」
「ペエ! ペッ、ペペペェ!」
このままずっとハル様に面倒を見させるのは不憫なので、私はスプーンをフリッパーにくくり付けてくれるようにジェスチャーした。ハル様はこくりと頷き、ポケットから紐を出してスプーンをフリッパーに固定してくれる。
「本当に不思議な鳥だ。うちの犬たちも賢いが、ここまでハッキリと人間の言葉を解す動物に出会ったのは初めてだな……。セルディスはきっと驚くぞ」
シチューにがっつく私の横で、ハル様が嬉しそうに何か言っている。どうやら彼は犬を何匹か飼ってるらしい。そしてセルディスという人と一緒に暮らしているらしい。
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