誰にもバレない手紙の書き方
萱月恵
第1話 私の日常
「彼と出会ったのはいつだろうか」
時々思い出してまたくだらない話をしたいときがふと訪れる。
これは数え切れない回数を重ねるうちの一つであり、よくある日常の1万分の1にも満たない事象である。
彼というのはもちろん"人“であり、兄と叫べるほど人柄の良い人である。
私は、触れ合うどころか目を合わすこともなく、実際に会ったこともない人間である彼と、匿名として誰も知らない場所で、誰も知らない時間に関わっていた。
彼との関係は...2、3年といったところか。
彼と会うまで、とある小屋を見つけてから2、3年の関係が出来る間、私は1人寂しく小屋にこもっていた。
とても埃まみれでマスクがないと毎分咳をしてしまいそうなぐらいの小屋で、ただ淡々と壁に貼られた紙に書いてあるメッセージを読んでは時折、気になる人を見つけては紙に短絡的に言えば「あなたと関わりたい」といった内容を殴り書きし、息を整えてポストの中に入れていた。
ポストの中を覗いても、慎重に入れた手紙は魔法のように消えるわけでもなく、ただ埃まみれの狭い空間に落とされているだけだった。
けれど気付いたらそこにあったはずの紙切れが消えていた。
何かがおかしいと目を擦ろうとすると、手のひらに違和感があった。
ずっと閉じていたはずなのに。
ずっと握っていたはずの手の中に、小さく丸められた紙があった。
その紙を開いて見てみると、自分が書いていた文字ではなく、また別の人が書いたような字を並べた一言のコメントであった。
その文字はとても不思議なモノであった。
なぜかその文字を読むと知らない声が聞こえてくる。
物理的にではなく、脳の中に囁くように。
しかしこのことが当たり前かのように、また何処からともなく静かに現れた紙にコメントに返すような文を書いてはポストに入れていた。
この会話と言えるのかどうか怪しい行動が1つ落ち着いたとき、私はまた壁を散策する。
2度目の壁には、1度目に見た壁に貼られていた紙の形や文字がガラリと変わり、初めてその壁を見るように眺めていた。
そんなことを繰り返しているとお腹が空いてくる。
そうなると私は小屋を出て、山を下り、またそこらの道を歩いている人と変わらないような振る舞いで歩き、家に帰ったら家族と食事をしてまた色々しては寝ていた。
私は、平日も休日も小屋に日中小屋にこもっていること以外は、何処にでもいる人間の生活をしている。
もちろん私は人間である。
今思うと、彼と出会う前は本当にひどい生活をしていたのだなと実感する。
だからといって、彼と出会った後もあまり生活は変わらない。
変わらなかった。
変わる必要はないし、何か変わったと言えば悪い方向に、小屋にこもる時間が長くなるように変わっていったことぐらいか。
何にせよ、このつまらなそうな虚無な生活は1年、また1年と重ねていき、重ねた回数は数えるのも面倒くさくなるようなほどだった。
ところで、どうして私がこの小屋と出会えたのかは自分自身あまり気にしていない。
しかし、あの小屋と出会っていなければ私はどんな生活を送っていたのかは気になることがある。
その時は大抵孤独を感じるときだ。
例えば、彼を思い出すときとか。
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