第9話:fact【お前に何がわかる!】
自分が死んだという事実を突きつけられ、
それを察したのかは分からないが、
「死んだら代償を支払うというのは事実だが、補足が必要になる」
「そうですよね。だって俺ちゃんと足はありますよ」
自分が幽霊だとは思っていない来翔。
仮に幽霊であれば、きっと今頃世界はホラーで満たされている。
「これは『
「身代わり機能?」
「その名の通り、ユーザーが変身中に致命傷を負って死ぬ場合に一度だけ身代わりになってくれる機能だ」
「何そのトンデモ便利機能!?」
死の回避など殆ど神の領域である。
それは16歳の来翔でも理解できる事であった。
「一度だけの死の回避。ただし発動すれば代償の支払いがある」
「……つまり前の俺は」
「そういう事だ。身代わり機能が発動すれば代償と同時に『SaviorX』も強制アンインストールされる」
ここまで説明されて、来翔は自分に何があったのかをおおよそ理解できてしまった。
そして同時に、今この部屋にいる他の三人への申し訳なさに包まれていた。
自分の事だからこそ、来翔は記憶を失う前に何をしたのか、ある程度予測がついてしまう。
無理をしたのだろう。死を厭わない行動を取ったのだろう。
その結果が目の前のコレだと考えると、来翔は酷い罪悪感を覚えてしまっていた。
「…………」
深々と頭を下げる来翔。
それを見た桃香達は心底驚いた。
「
「えっ、ライト!?」
「おい来翔なにを」
「自分の事だからな。予想はつくんだよ」
頭を下げ、視線を床に固定化したまま来翔は続ける。
「絶対に俺がやらかしてる。それで迷惑かけた筈だろ。その時の記憶は無くても俺の罪だろうから、せめて謝罪を」
「ライトは何も悪くない!」
声を荒らげてユキが否定してくる。
思わず来翔が顔を上げると、そこには涙を流しているユキがいた。
「何も……悪くない。ボクがもっと……」
声を堪えて泣くユキを見て、来翔はこれ以上掘り下げようとは思わなかった。
察しはついた。きっと碌でもない自分のやらかしだ。
その結果が今流れているユキの涙だろう。
真実は知りたいが、急ぐのはダメだ。それが誰かを傷つけるなら尚更だ。
ひとまず来翔は頭を上げ、桃香と
「そうだ、一つ聞きたい事があった」
ふと来翔は話題を逸らす意図で、一つの疑問をぶつけた。
「昨日襲ってきたイロージョン、というか前の生徒会長なんだけど。なんで俺を怨んでたんだ?」
「あぁ、その事か」
「来翔、向こうが悪いという事は理解しているんだが……まぁ、納得はできてる」
露骨に目を逸らす桃香と拓真。
来翔は「俺は本当に何をしたんだ?」と思わずにいられなかった。
「お願いします気になって睡眠に影響が出かねないんで、俺の罪状を教えてください」
「……念を押すが、高杯は無罪だからな……多分」
「先輩? 多分って何ですか多分って!」
意を決したように深呼吸をして、桃香は事実を語り始めた。
「そもそも、昨年度に前生徒会長である
「ユキが言ってた、人為的にイロージョンを作った事件ですか?」
「そうだ。長々とした過程は省くが、今この部屋にいる四人はその思惑と戦っていたんだよ」
「で、最終的に俺はやってしまったと」
「七瀬家が全て悪いとはいえ……高杯のアレはなぁ」
「来翔のアレは……」
「ライト本当に躊躇いとか無かったよね」
「何したのォォォ!?」
完全にドン引きされている。
回想だけでドン引きされており、来翔は恐ろしくなってきた。
「まずは校内にイロージョン化を促進させるウイルスを流布した七瀬礼司との対決」
「あっ、やっぱり俺が直接戦ったんですか」
「コレまでの怒りが積もりに積もった高杯は、ほとんどワンサイドゲームとも呼べる戦いを展開。アレは抵抗も許さない嬲り殺しだった」
「は?」
「イロージョン化が解除され、逃げようとする七瀬礼司を捕まえて……高杯は変身状態でその顔面を殴り飛ばした」
「あぁ……それで顔の傷がどうとか言ってたんだ」
「これが一つ目だ」
一つ目という言葉を聞いて、来翔は「まだあるの?」と溢してしまう。
「二つ目は諸悪の根源である七瀬家に乗り込んだ時だ」
「なんか兵隊がどうこうって言ってたんですけど」
「屋敷の中にいた使用人、もといイロージョン相手に高杯が文字通り無双をしてな」
「はぁ?」
まさか身近な会話で無双という単語を聞く日が来るとは思っていなかった来翔。
思わず素っ頓狂な声を出してしまう。
「私達も一緒に乗り込んではいたんだが……全く出番がなかった」
「オレあの日そうとう準備して挑んだんだけど……ザコ敵は全部来翔が始末してたな」
「バッサバッサというかザックザックというか。ボクもあの時は自分が変身してた意味を疑ったよ」
「待て待て待て。俺そんなに強かったの!?」
「「「強すぎたよ!」」」
ハモった声で言われて、思わず来翔もたぢろいでしまう。
まさか自分がそんなに強い存在だとは想定していなかったのだ。
「あの、先輩? 俺はどのくらい強かったんですか?」
「ハッキリ言ってしまえば、高杯が出てきた時点で大抵の戦闘は終わっていた」
「逆に来翔が出たせいで情緒も何もなく終わった戦闘が多数」
「もう全部ライトで良くない? って思った事は数知れず」
「俺はいつの間にラノベの主人公になったの?」
知らぬ間に自分が最強無双系の主人公な活躍をしていたと知り、来翔はどういう気持ちを抱けば良いのか分からなくなっていた。
「あれ? でもそんなに強かったなら、なんで俺身代わり機能なんか発動したんだ?」
ここまでの話を聞く限り、来翔は想像以上の強さで戦い抜いていたらしい。
だからこそ、何故自分が致命傷を負う程の事態になったのか。
来翔はそれが気になってしまったが、ユキ達が言い淀むような表情になった事で、ある程度の察しはした。
「あの、言いづらかったらまた今度でも」
「すまない、高杯……だが端的に言えば、敵が高杯への対策をしてきたんだ」
「……その敵って、倒せたんですか?」
頷き肯定する桃香。
だが続けて「相打ちだったがな」と答えた。
これで来翔は多少の予測ができた。
恐らく自分は、対策を取ってきた敵に対して凄まじい無茶をしたのだろうと。
それもユキ達が止めに入るような無茶だったのだろうと、来翔は予測した。
だからこそ、今は掘り下げずにいようとも判断できた。
「ボク達はね、ライトに頼り過ぎてた」
ポツポツとユキが語りだす。
「色んなことをライトに任せて、代償を払わせちゃって……だからもうライトが戦わずに済むようにって、思ってたんだけどなぁ……」
そんな願いも昨日、来翔が『SaviorX』と契約した事で水泡に帰した。
桃香と拓真も同様の思いだったのだろう。
そして本当に来翔が記憶を失ってしまった事を知ったからこそ、出会った時のような反応をしたのだろう。
悲しみが満ちる生徒会室。
そんな中、来翔だけが口元に笑みを浮かべた。
「良かった」
「えっ?」
キョトンとした表情で、ユキは来翔の方を見る。
「忘れてから初めて会った時に、もう一度俺と仲良くしようとしてくれた。だから良かったなぁって思ってさ」
「ライト……」
「ユキだけじゃなくて拓真も先輩も、俺を避けずにいてくれた。だったら俺は相当な幸せ者だろ」
本心からの言葉。
最初は色々と戸惑ったが、来翔は既に彼らを受け入れようと決心できていた。
一度はゼロになった関係性かもしれない。だがここから再び繋げ直そうと、来翔は心に誓っていた。
「本当に、高杯は記憶失っても変わらないな」
「だからこそオレ達も、来翔を信じられたんだけどな」
どこか重荷が降りたような声で、桃香と拓真は言葉を口にする。
これで良いのだろう。時間はある。ここから再始動させよう。
生徒会室にいる四人は言葉を交わさなくとも、そう考えていた。
「それはそうとして、これだけは聞いておきたいんだけど」
ふと来翔が一つの疑問を口にする。
「俺の童貞が消えたってのは流石に嘘だよな? 今行方不明なんだけど」
「高杯……それは」
「何度も言ったけどボクがいただいたよ」
「先輩。義妹さんがこう言ってるんですけど、嘘は良くないですよね?」
「……事実だ」
鎮痛な面持ちでそう告げる桃香。
「初体験の報告を具体的かつ耳にタコができる程、ユキから聞かされた……記憶を失う前の君からも確認ができている。事実だ」
「嘘だ……」
「来翔、申し訳ないがオレも詳細以外は聞いたんだよ。事実だ」
「そんな、はずは……」
「ライト、もう観念しちゃお。ボクで童貞卒業したんだから責任取ろうよ」
ここぞとばかりにユキ小悪魔な表情で来翔をニヤニヤと見てくる。
一方で来翔は顔を青くするも、現実なのだと受け入れつつあった。
「だって、俺はまだ経験ゼロのはず」
「ライトのムスコさんの数値、具体的に言ってあげようか?」
「なんでそんな数値知ってるの!?」
「ライトにお願いしたら計らせてくれた。もちろん通常時と戦闘時に分けてね」
「前の俺はアホかッ! 計らせるな!」
自分の馬鹿さ加減に愛想がつきそうになる来翔。
だがどう考えても責めるべき相手が自分しか浮かばないので、来翔は頭を抱えていた。
「あっ、初体験はライトの部屋だったから。隠してあるお宝の情報知ってるけど言って――」
「それは黙っていてくださぁぁぁい!」
思春期男子の不可侵領域。
それは決して表に出てはならない暗黒面でもあるのだ。
流石にここまでくると、来翔のメンタルはボロボロになっていた。
その場で膝から崩れ落ちる来翔。
「大丈夫ライト!? おっぱい揉む?」
「童貞……俺の、童貞……」
「そんなに心配しないで。ボクはライトが望むならいつでも」
「お前に何がわかる」
血走った目で心配してくるユキを見る来翔。
その瞳の奥には底知れぬ暗黒が広がっていた。
「ライト?」
「ムスコの卒業式に参加できなかった、俺の何がわかるってんだッッッ!」
「いやライトは卒業式に参加してたでしょ」
「覚えてないなら不参加も同然なんだよ! 俺はッ、親父失格だ!」
「ライトってもしかしてムスコさんの事を本当に息子と認識してるの?」
ギャイギャイ言い合う二人を呑気に見守る拓真と桃香。
拓真は来翔の様子を見て静かに涙を流し、桃香はため息一つついてこう呟いた。
「本当に……根っこは変わらないんだな」
安心と明日に対する光を感じながら、桃香は二人を見守るのだった。
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