第10話:paint【貴女色が侵略してくる!】
どんな現実を乗り越えようと、朝陽は変わらず窓から差し込んでくる。
「……寝不足だ」
目の下に隈を作った
昨夜は色々と思うところがあったから、スマホで動画や情報などを調べていた来翔。
前回から懲りずに、またもやイロージョン関係についてだ。
とは言えそれも結局出てこなかったので、諦めた来翔は『
「侮ってたな。無限に時間が溶けた」
アプリ能力を使うショート動画を夜通し見てしまった来翔。
気づけばスマホには動画がまだ流れており、再生状態で寝てしまったらしい。
目を擦り、ベッドから起き上がる来翔。
流石に手早く準備しないと遅刻なので、さっさと済ませる。
「いってきまーす」
既に誰もいない家に向かってそう言い残し、来翔が玄関を開けると。
「おはよーライト!」
ピンク髪の小さい美少女が待ち構えていた。
来翔は無言で扉を閉めて仮病の内容を考え始めるが、ユキに阻止されてしまった。
「ちょっとちょっと! なんで閉めるのー!?」
「距離の詰め方がバグそのものなんだよ! 今すぐ感性をデバッグしてこい!」
「ライトにパッチ当てれば完品になるよ!」
「なんで俺に修正パッチ当てようとした!?」
ソフトではなくハードを修理して解決しようとするユキに、ライトは僅かな恐怖を感じた。
「なんで家の前で待っているのかはもう聞かないけど、どんくらい待ってたんだよ」
「デートは二時間前に集合派だよ」
「重い上に不審者ぁぁぁ!」
どうやらユキは二時間も門前で待っていたらしい。
完全に不審者……否、二時間も待ちぼうけを食らっている不憫な女の子にしか見えない。
どう考えてもご近所から来翔がクズ彼氏と認識されてしまうパターンである。
既に打てる手が残されていない可能性を考え、来翔は静かに涙した。
「いっしょに学校いこうよ」
「はい……これ以上、何も傷つけないでください」
来翔の心と胃は、メギッメギッと悲鳴をあげていた。
とはいえ遅刻欠席は避けたいので、渋々来翔は登校を決意する。
まだまだ生徒達は通学路を歩いているので、自然と来翔とユキが視界に入ってしまう。
それ即ち……来翔の腕に抱きついて、ご満悦のユキがハッキリと見えてしまっていた。
「えへへ〜」
きっと本来なら美しき青春の一ページなのだろう。
しかし記憶が欠如している来翔の心は童貞の中の童貞。
右腕に押しつけられるユキの暴力的なまでのフワフワが二つ。
来翔の顔は赤く染まり、意識が右腕に集中しないように心を無にしようとするが、限度があった。
思春期男子高校生は、女子の身体に抗えない。
(通学路……短く、いや長くならないかなー)
欲望は容易に手放せないのであった。
◆
そして休み時間に入ると。
「教えてくれ。ここから俺の評価が元に戻る方法を」
「来翔、人生には諦めという選択も重要だと思うぞ」
「
眼鏡が真面目そうな印象を与えるが、
それに関しては一切触れる気がないので、来翔はひたすら自身の名誉回復方法を相談していた。
「オレには深刻そうには見えないけどな」
「だとしたら眼科と耳鼻科に行ってこい。今の俺の評価どうなってると思う?」
「下半身ゆるゆる名誉非童貞」
「本当にそんな感じだから問題なんだよ!」
ユキの核弾頭のようなアプローチによって、現在来翔の評判は散々であった。
女子からは「ヤる事ヤってユキを捨てたクソ男」と白い目で見られ。
男子からは「チビ巨乳の美少女で童貞を捨てた裏切り者であり蛮族」として見られている。
そして当の来翔は存在しない記憶に対して血の涙を流していた。
「ライトはなんで泣いてるの?」
「社会という概念に対する怒りだよ」
ユキは問題を何も理解していないようなので、来翔は諦めていた。
もっと言ってしまえば、そろそろ慣れつつある自分に来翔はゲンナリし始めていた。
チャイムが鳴り、授業が始まる。
来翔はぼんやりと黒板を見つめながら、ある事を考えていた。
(過去の痕跡、って言えばいいのか分からないけど……そう見えなくもないものはあった)
記憶を失う前の自分とユキの関係について、自分からも確認しておきたかった来翔。
部屋の中にはそれらしき痕跡は特別残ってはいなかった。
一方でスマホの中に残っていた検索履歴には、ユキとの関係性を感じ取れるものが確認できた。
主に「初デート お洒落」や「女子受け 服装」などなど。
どう考えても自分から検索するとは思えないワードが、二月始めくらいまで山ほど出てきたのだ。
(二月……先輩達から聞いた、俺が死んだ時期とも一致する)
ならばやはり、自分はユキと付き合っていたのだろうと考える来翔。
だがそうなると気になる点も出てくる。
一つは奇妙なほどに、ユキと自分が付き合っていたであろう痕跡が少ない事。
ゼロではないが、来翔自身のスマホに写真の類が残っていない事が気になっていた。
そしてもう一つは、ユキが転校生である事だ。
(ユキは間違いなく、今年度から来た転校生だ……だからこそ)
腑に落ちない事がある。
鶴城ユキという少女は、現在三年生で生徒会長の鶴城桃香の義妹だ。
出てくる疑問は非常に単純。
何故ユキは今年度から転校してきたのかだ。
そもそも的な話、高校で転校生が来るという事自体が現代日本では珍しい。
(他県からの転校生ならまだしも……既にいる生徒の妹が、今から転校してくるか?)
あまりにも異質な流れ。
それを踏まえて、来翔がさらに気になる事が一つ。
(前の俺は、どこでユキと知り合ったんだ?)
来翔は自分をそこまでコミュニュケーション強者だとは思っていない。
だからこそ想像がつかなかった。
どのような経緯で、他校の生徒だったユキと出会ったのか。
ましてそこから恋人とも呼べるような関係性になるとは、来翔には過程が全く浮かばない。
(痕跡という結果はある……けど過程が分からない。なんか気持ち悪いな)
確認すべき事はまだまだ多い。
一つ一つ順番にやるべきとはいえ、来翔は形容し難いモヤモヤを抱えていた。
(そういえば、あの
そんな事を考えている内に授業が終わり、時間は経過していく。
ユキの強烈なアピールに精一杯の抵抗をしていた来翔だったが、全て無駄に終わってしまった。
現在来翔はユキと一緒に下校している。
「これ放課後デートってやつだよね! ボク漫画で読んだよ!」
「そっかぁ、よかったなー」
来翔は空虚な目で適当な相槌しか打てない。
ちなみにユキに捕まる直前、拓真に助けを求めたが「今更逃げても手遅れだろ」と言われて逃げられてしまった。
事実その段階で既に、来翔の腕にはユキがしがみついていたので、来翔は諦め以外の選択肢を奪われていたのだ。
「放課後デートってどこに行けばいいんだろう? 男の子に合わせてカードショップ?」
「お前の中にある男の子像って偏りすぎてないか? あと俺は紙はやらない派だ」
「やっぱり男の子だからカードゲームはやるんだ」
男児の義務教育に関しては一度置いておく来翔。
大真面目に放課後デートという文化について考えてみるが、来翔は改めて「なんで俺が今頭悩ませてるんだ」と考えてしまう。
しかしそれはそれとして、ユキを拒絶する気も全くなかった。
「甘いの食べてさっさと帰るぞ」
「お高いスイーツ!?」
「サイゼのプリンしか認めません。高校生の財布に期待するな」
「じゃあチョコパン!」
「ここからさらにグレードを下げてくるパターンって存在するんだな」
ならばせめて、少し良いチョコパンにしてやろうと考える来翔。
心底笑顔でついてくるユキに、来翔は少しドキドキとしたものを感じていた。
同時に頭に浮かぶことは一つ。
ユキが失ったソレを、どうやって補うべきなのか。
来翔は言葉を口にせず、ひたすらそれを考えながら目的地に向かって歩みを進めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます