第8話:lost record【何がないの?】
大して何も変わらない朝がくる。
通学風景にも変化はない。同じ学校に通う学生の会話が聞こえてくるが、特筆するようなものもない。
いつも通り、アプリ能力の明るい話題ばかりだ。
(イロージョン騒ぎで何かあると思ったけど……まぁ直接会わなけりゃこんなもんか)
実際問題、
ニュースで存在は知っていても、目の当たりにしなければ遠い場所の出来事に過ぎない。
日常とは結局、何者かが影で守り抜いた上澄である。
来翔はそれを肝に銘じる他なかった。
「あっ」
ふと視界に入ってきたのは、小さなシルエットと桃色の長髪が特徴的な女子生徒。
間違いなくユキである。
「ユキ!」
来翔は後ろから声をかける。
ユキは一瞬振り返って来翔を見るや、さっさと学校に去ってしまった。
「一筋縄の話、じゃなさそうだな」
無意識に首の裏をかき、ため息をつく来翔。
少なくともここまでの様子で、あまり気持ちのいい話ではない事だけは覚悟していた。
しかしこれは想像を超える可能性もあるだろうと、来翔は少し気を引き締めるのだった。
それはそれとして……
「今の見た?」
「もう
「高杯君ってアレでしょ、鶴城さんとヤることヤったっていう」
「女の子をヤリ捨て? 最低過ぎない?」
来翔の女子からの評判は地の底に落ちたらしい。
来翔は校門をくぐりつつ、静かに涙を流した。
(なぁ、俺の童貞……何処にいったんだよ)
◆
授業が始り、休み時間に入る。
それを数回して、もうすぐ昼休み。
始業式からずっと、決して欠かさず来翔に対してブレーキ壊れた絡み方をしていたユキ。しかし今日は終始静かであった。
日頃からテンションが天井越えしている小学生が、飼い犬を亡くした時のように静かであった。
当然、疑惑の目は来翔に集中する。
(何も聞かれないんだよなぁ……完全に俺がやらかしたクズ野郎だと思われていて、何も声かけられないんだよなー!)
無言の目線だけで、人は制裁をする事ができる。
来翔は涙を流してそれを学んだ。
気持ち的には怒りに任せて反論したいが、来翔自身が色々と確信を持っていないのでグッ堪えるしかなかった。
そして到来する昼休み。
呼び出しの放送は即座に校内へと響き渡った。
『2年1組
流れたのは生徒会長である鶴城
端的な呼び出しだったが、要件は昨日の約束だと来翔には分かっていた。
だからこそ来翔はこう思った。
(ついでに疑惑も晴らしてくれないかなーって)
教室からは漏れなく「お義姉さんからの呼び出しだぞ」「ついに審判が下されるのか」「姉妹丼」「エロ漫画の主人公は許さない」「オレも一緒に行く」など、不名誉な疑惑が向けられている。
早急に払拭するためにも、来翔は急いで生徒会室に向かうのだった。
で、生徒会室の前に到着した来翔。
扉の向こうからは目に見えない圧を感じるが、逃げる理由もない。
とはいえ緊張はしてしまうので、来翔は中々ドアノブに手をかける事ができなかった。
「来翔、入らないのか?」
「お前が後ろにいるから逃げ道が消え失せたところだ」
背後に立つ
だが扉を開ける緊張は解けたので、来翔は生徒会室に入った。
「高杯、杖村も来たか」
「呼ばれたら来ますよ」
「オレは呼ばれてないが、来翔について来ただけだ」
「拓真くーん、お尻をガードするの面倒だから静かにしてくれるー?」
自然と尻に力が入っていた来翔。拓真は眼鏡の位置を直すと、言われた通りに黙った。
昼休みの生徒会室という割には役員の姿が見えない。
今この部屋にいるのは来翔と拓真、そして桃香とユキである。
来翔は無意識にユキの方を見る。
ユキは暗い様子のまま、来翔から視線を逸らすようにしていた。
「性癖に屈しているところ済まないが、本題に入っても良いか?」
「もう少しシリアスに始めてください。色々と台無しです」
来翔は真顔で桃香に突っ込んだが、当人は意に返さず本題に入った。
「さて、高杯が知りたい事は」
「全部です」
「そうだと思った。だが長い話には適切な順番がある、順番はこちらが選んでも良いか?」
「任せます」
元より白紙の立場なのだ。来翔は桃香達に全て任せる事にした。
「まずは、そうだな……このアプリについて話そう」
そう言うと桃香は自身のスマホの画面を見せてきた。
起動しているアプリは『
「高杯。通常アプリ能力を得るのに必要なものは何だ?」
「そりゃ『
「一般的な認識ではそれで正解だな。では『Skill Editor』のエネルギー源は何か、答えられるか?」
その問いを聞いて、来翔は拓真に昨夜伝えられた「公民の教科書に目を通せ」の意味を理解した。
「えっと、確か異世界で見つけたエネルギーがどうとかって」
「そうだな。それだけの認識が有れば今は十分だ」
特別興味のない分野に関しては、大雑把にしか把握していない来翔。
だが異世界云々に関しては有名な話なので、ある程度は覚えていた。
十年以上前。『Skill Editor』が登場するよりも少しだけ前の出来事だ。
日本の学者達がこの世界とは別の世界、所謂「異世界」の存在を観測する事に成功したのだ。
当時は大層話題になったそうだが、今の来翔達の世代にとってそれはどうでもいい事。
一番重要な事があるすれば、『Skill Editor』は異世界から抽出したエネルギーを使っているらしいという事だけである。
「異世界からエネルギーを得る技術が確立して随分経つが、現状『Skill Editor』以外での活用は成されていない」
「それは知ってます。使う人間によって特性が変わり過ぎるせいで発電とかにはまだ上手く使えないって」
「そもそもアプリ能力は所有者の適性によって大きく変化する、ある意味では不安定の極みのような代物だ。社会の安定に使うにはリスクが大きすぎる……まして、イロージョン化というリスクを考慮すれば尚更だ」
イロージョンの名前が出た瞬間、来翔の脳裏には昨日の出来事が浮かび上がる。
そして同時に思い出す事はユキの発言。
「昨日、ユキから聞いたんですが……意図的に人間をイロージョンになんてできるんですか?」
「先に結論を言えば『できた』だな。そのはずだった」
強調するように過去形を使う桃香。
だが少なくとも可能にする技術を実際に目撃したのだろうという確信が、来翔の中にはあった。
「高杯。そもそもイロージョンはどうやって発生するか分かるか?」
「いや、それは『Skill Editor』のユーザーが稀になっちゃう以外に、何も原理は判明してないですよね?」
「表向きはそうだ。だがある程度の原理解明など既に済んでいるんだよ」
想像以上の事実を突きつけられて、思わず来翔は目を大きく開く。
「簡単に説明すれば、異世界から獲得したエネルギーと『Skill Editor』のユーザーによる相性。そしてユーザーが抱いた大きな負の感情がイロージョンを生み出すのだ」
「負の感情?」
「そうだ。怒りや悲しみ、嫉妬や愛憎など。人間特有の負の感情にアプリ内のエネルギーが反応する事で、イロージョン化の力が与えられてしまう」
その説明を聞いて、思わず来翔は自分のスマホを見つめてしまう。
視線は『Skill Editor』のアイコンに固まり、来翔は心の中で「これそんなに危ないアプリだったのかよ」とごちっていた。
「アプリの危険性が周知されていない謎は我々も抱いている。だが今の高杯に必要な説明は、コチラの方だろう?」
改めて桃香は『SaviorX』の画面を見せてくる。
「本来『Skill Editor』でしか得られないアプリ能力……その唯一と言っていい例外がコレだ」
「先輩、コレ何なんですか? 俺こんなアプリをインストールした記憶も無いんですけど」
「そうだろうな。これはどこから入り込んでくるのか不明なアプリだからな」
「冷静に考えるとメチャクチャ怖いんですけど」
前触れもなくスマホに侵入してくる異能力付与アプリ。
来翔は大真面目にセキュリティソフトの導入を検討し始めていた。
「昨日使ったという事は、このアプリの力はよく理解できたと思うのだが」
「十分理解できましたよ。コレは『Skill Editor』とは比にならない強力な能力を付与してくる」
「その通りだ。それが『SaviorX』の持つ……世界を救う力だ」
世界を救う力。来翔は『SaviorX』との契約前に表示されていたメッセージを思い出していた。
確かにコレだけ強力な力を与えられるのなら、世界すら救えそうな気もしてしまう。
実際、来翔は契約してすぐにイロージョンの撃退に成功した。
今までの常識であれば、イロージョンにはアプリ能力どころか既存の兵器すら殆ど通用しない。
故に災害のように扱われる。
それを前提とすれば、たった一つのアプリ能力で対抗できてしまう『SaviorX』の異質さがよく理解できてしまった。
「イロージョンと戦う謎の集団。全員このアプリを使ってたんですね」
「その通りだ。この『SaviorX』はイロージョンに対抗する最も実用的な力だ」
しかし……と桃香は続ける。
「強い力には大きな代償が伴う。それは『SaviorX』変わらない」
「代償……契約前のメッセージにも書かれてた」
来翔は非常に嫌な予感がした。
漫画やアニメの定番である「力を使うたびに代償を支払っていき、最後には取り返しがつかなくなる」という事態が浮かんでしまう。
だがその想像は、桃香によって遮られてしまった。
「変身するたびに代償を支払う……が、すぐに支払って何かの影響受ける事もない」
「えっ、そうなんですか?」
「あぁ。『SaviorX』の代償というのは少し風変わりでな、代償はあるが即座に支払うもできないんだ」
桃香がそこまで言うと、後ろで待機していた拓真が続きを語り始めた。
「簡単に言うと『SaviorX』の代償は全て後払いのツケなんだ」
「なんじゃそりゃ?」
「変身や能力を使用するたびに、アプリの中に代償が蓄積されていく……そして特定の条件を満たした瞬間、その代償を即座に全て支払う事になるんだ」
特定の条件。その言葉が出た瞬間、拓真や桃香、そして何よりユキが非常に鎮痛な面持ちになる。
来翔は嫌な予感と確信が芽生えた。これが失った『何か』の直接的な原因なのだろう。
だからこそ来翔は前に進む以外の選択肢が出てこなかった。
「拓真、特定の条件って何だ?」
「それは……」
「多分だけど、前の俺は条件を満たしたんだろ? そして代償を支払った。多分、俺自身の記憶とかじゃないか?」
数秒の間が生まれる。
その後、拓真は歯を食い縛りながら無言で頷いた。
一つの疑問は解けた。だがまだ条件は分からない。
来翔は拓真や桃香からそれを教えてもらおうと思ったが、最初に口を開いたのはユキであった。
「変身中に致命傷を負う」
「……は?」
「代償を支払う条件。『SaviorX』で変身している最中に、致命傷を負って、死ぬことだよ!」
嫌な記憶と向き合っているせいか、ユキは目に涙を溜めながら、感情任せに答えを出した。
拓真と桃香も、それを否定しない。
来翔は『SaviorX』の代償によって記憶を失っていた。
そして代償を支払う条件を満たしていたという事は……
「俺、死んでたの?」
ユキは無言で頷き、それを肯定した。
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