第5話:contract【本当にいいんだな?】

 謎のスマホアプリ『SaviorX』の力で変身したユキ。

 彼女が他の者には見えない何かを操作すると、どこからかガイダンス音声が聞こえてきた。


《Loading→Crescentクレセント Scytheサイス


 読み上げられた名前の通り、三日月のような巨大な刃を持つ大鎌が、突如としてユキの手元に召喚された。

 それを握るや、ユキは躊躇いなく眼前の怪人イロージョンに攻撃を仕掛ける。

 凄まじい勢いで振り下ろされる大鎌の刃を、怪人化している礼司れいじは強化されたその右腕で受け止めてきた。


「人形風情が獣仕草か!」

「もうアナタ達の人形じゃないッ! ボクは人間だ!」


 ドス黒い鬼の肉を斬りつける大鎌。

 ユキはそのまま力を込めて、礼司の腕を斬り裂いた。

 黒い怪人の腕が、ゴロリと地面に落ちる。

 だが当の礼司は苦しむ素振りすら見せなかった。


「たかが人形の分際で、私に二度も歯向かうとは……」

「人を人と認識できない。そこがダメだってライトにも言われたのに、学習できなかったんだね」

「それが分不相応だと言っているんだッッッ!」


 礼司がそう叫ぶと、切断されていた右腕の断面から黒い炎が吹き出る。

 炎の中で新たな組織が再構成され、瞬く間に右腕が再生されてしまった。


「不純物混じりには、こういうメリットもあるのだよ!」

「生命力の強化? 害虫になったのはそっちじゃん」

「人未満が吠えるなァァァァァァ!」


 礼司は激情に身を任せて、両腕をユキと来翔の方へと向ける。

 元々炎が漏れ出ていたが、その炎が急激に集まり一つの大きな破壊エネルギーと化した。


「これで廃棄処分だァァァ!」


 派手に解き放たれる業火の攻撃。

 食らえば骨の一本も残らないと確信できたが、普通の人間が逃げられるようなスピードでもなかった。

 死の覚悟を決めてしまう来翔らいと。だがその一方でユキは冷静に、自身にしか見えないアプリ操作画面をタッチしていた。


《Boot→illusion》


 着弾し、凄まじい爆炎が高架下で上がる。

 間違いなく致命傷を与えたであろう。礼司は二人にまともな苦痛を与えられなかった事を悔いながら、その死体を確認しようとした。

 だがその瞬間、礼司は背後から大鎌で斬りつけられた。


「ウグッ!? 貴様ァ!」

「自分の使っていた兵隊なのに、能力も覚えてなかったんだね」


 いつの間にか礼司の背後に回っていたユキ。

 更にその後ろには尻餅をついている来翔がいた。


「幻覚能力ッ!? 私の攻撃が外れるように仕込んだのか!」

「正解。全部ライトを守るためだけど」

「ゴミが学をつけてるんじゃなァァァい!」


 傲慢が形を持ったような形相で、礼司は両腕に炎を纏わせる。

 そのまま鋭い爪を立て、ユキに襲いかかってきた。

 しかしその挙動はユキの想定内。

 ユキは大鎌を構えたまま、礼司の攻撃を一切避けようとはしなかった。


「ユキ、避けろォォォ!」


 必死に叫ぶ来翔。だがユキは決して動かない。

 これ幸いと下卑た笑みを浮かべた礼司は、そのままユキの身体を自身の爪で無惨に引き裂いた……筈であった。


「っ!?」

「あれ、消えた?」


 間の抜けた声で呟く来翔。

 先程まで勇敢に立っていたユキは、礼司の爪が振り下ろされると同時に、綺麗さっぱり消えてしまったのだ。

 幻覚。先程も礼司が言っていた、ユキの幻覚能力だと来翔は理解した。

 では本物のユキはどこにいるのか。

 礼司は周囲を警戒し、探し出そうとする。


「何処に隠れた!?」


 苛立つ礼司を視界に入れてしまう来翔。

 その最中、来翔の肩に誰かが手を置いた。

 真意を理解するには、それだけで十分である。


「何処だァァァ!」

「正面!」


 霧が風に飛ばされて消えるように、ユキがその姿を現す。

 礼司は防御体勢を取ろうとするが、既に間合いに入られている。

 もう遅い。

 三日月形状の大鎌が振り下ろされ、礼司の胴体を斜めに斬りつけた。

 人ならざる血を噴き出し、礼司の身体は後方にあるコンクリートの柱へと叩きつけられた。


「ガッ、ハッ」


 怪人化は解けずとも、意識が飛びかけている礼司。

 ユキはそのチャンスを逃そうとはしなかった。


「ライト、逃げて」

「えっ、俺が?」

「そうだよ逃げて! もうライトはこんな事に関わらなくていいから!」


 あまりにも必死であった。

 ユキは本心から来翔を『何か』から遠ざけようとしていた。

 だが来翔の気持ちは変わらない。

 自分の事から逃げたくはない。

 その先にどれだけ残酷な事実があろうとも、逃げるという選択を取りたくはなかった。


「混ざり物ガ邪魔で、ヤハリ出力は落ちていルか」


 声が聞こえた瞬間、ユキは勢いよく振り返る。

 コンクリートにめり込んでいた礼司の身体は徐々に再生が始まっており、既にユキを自身の明確な殺意の対象としていた。


「いいでしょう。我々にも製造責任というものがある。不出来な人形は早々に、慈悲もなく、廃棄処分する!」


 怒りが殺意と化し、鬼の身に炎を纏わせる。

 燃やし、引き裂き、何がなんでも殺す。

 そういう意思を、再生が完了した礼司は己が身で示していた。


「私が決めた……疾く、死ねェェェェェェェェ!」


 礼司の腕が大きく肥大化し、人より獣に近しい形状へと変化していく。

 背中から大きな二本の突起が生え、もはや純粋に人型とは呼び難い姿へと変化していた。


「――――――――!」


 言語として破綻している咆哮を上げながら、礼司はユキに向かって急接近してくる。

 あまりのスピードに一瞬対応が遅れてしまったユキだが、間一髪で大鎌による防御に成功した。


「ッ!? 重い!」


 大鎌の刃に飛びかかっているような体勢になっている礼司。

 だがここでユキが気を緩めてしまえば、更に重みのある攻撃を仕掛けられてしまう。

 ユキは必死に大鎌を握る手に力を込めるが……礼司の方が一枚上手であった。

 背中から生えていた二本の突起。

 それらが猛スピードで形状を変えて、新たな腕と化したのだ。


「追撃!?」

「――――――――!」


 背中の腕は鋭い爪を生やし、容赦なくユキの皮膚を斬りつけようとする。

 判断に許された時間は一秒未満。ユキはほとんど本能に従って、大鎌の刃にエネルギーを集中させた。

 そして後ろにいる来翔に向かって叫ぶ。


「身体を地面につけて!」


 来翔は言われた通りに、身体を大の字にして仰向けに倒れる。

 すると次の瞬間、来翔の眼前を大鎌の刃が通り過ぎた。

 凄まじいエネルギーを刃に集めたまま、ユキは大鎌を振り回す。

 そして……


「これで、ふっ飛べー!」


 身体が一周すると同時に、刃に溜まったエネルギーを解放。

 しがみついていた礼司を振り解く事に成功した。

 だがその場で片膝を立ててしゃがみ込んでしまう。


「ユキ!」


 思わず来翔は駆け寄ってしまう。

 ユキは右手で左肩を押さえており、そこから血が流れていた。

 礼司の攻撃を完全に回避できなかったらしい。


「大丈夫、アプリ使用中の傷は、すぐ治るから」

「どう見ても大丈夫な傷じゃないだろ!」


 来翔がそう叫び、一緒に逃げようとするも、ユキは決して武器から手を離さない。

 意思であった。必ずやあの邪悪を討ち、この場を無事に去るという強い意思の表れであった。

 それが伝わってしまったからこそ、来翔は自分を恨む。

 守りたいと思っていた者に守られる無力さ。

 自分に戦う力が無いと既に承知しているという現実。

 それらを今この瞬間解決できない自分が、来翔は心底腹立たしかった。


「――――! ――――!?」


 吹き飛ばされていた礼司が起き上がり始めている。

 次の攻撃を仕掛けてくるのも時間の問題だろう。

 来翔は必死に何か手はないのか考える。


「そういえば」


 その時、来翔の脳裏に過ったのは未確認のアプリ。

 先程スマホに現れていたが、名前を読む暇すらなかったアプリを来翔は急いで確認した。

 真っ白だったアイコンは既に変化しており、SとXの文字が重なったものとなっている。

 そして、そのアプリの名前は……


Saviorセイヴァー……Xエックス?」


 それは先程、ユキが変身するために使用したアプリと同じものであった。

 何故自分のスマホに入っているのか、来翔には全く分からない。

 だが今はコレが、来翔にとって希望の光に見えた。

 来翔はとりあえずアプリのアイコンタッチして、起動させる。


 その一方で、アプリの名前を聞いたユキは一気に顔を青ざめさえていた。


「使っちゃダメ!」


 腹の底から叫びを上げるユキ。

 何かを恐れているのか、来翔に掴みかからん勢いであった。


「お願いだから、使わないで……ライトはもう、何もしないで」


 目に涙を浮かべながら懇願するユキ。

 それを無視するかのように、来翔のスマホからはガイダンスのメッセージが表示されていた。


《これは世界を救うアプリケーションです。もしもアナタが、大きな代償を支払ってでも戦い抜く意志を持つのであれば、我々と契約してください》


 メッセージ下には『contract契約』と書かれたアイコンが一つあるのみ。

 来翔は考えた。ユキが止めてくる理由を、メッセージに刻まれている「代償」という言葉の意味を。

 きっと酷い内容なんだろう、だがそれ以上に来翔にとっては、失った『何か』に繋がる気がしてならなかった。


「契約しないで、お願いだから、もう、何も」


 涙が溢れている。

 そんなユキを目の当たりにして、僅かに揺らぐ来翔。

 だが今にも復活しそうな怪人イロージョンが視界に入ると、決断は一瞬であった。


「ユキ達が知ってる俺が、どんな人間だったかは知らない」


 ゆっくりとユキの前に歩み出る来翔。


「だけどさ、きっとその時の俺も……今と同じ選択をする」


 ユキが悲痛な静止の声を上げている。

 立ち上がった礼司を見据えながら、来翔はスマホに表示されていた『contract』のアイコンをタッチした。


《ユーザー契約完了。『SaviorX』の機能を解放します》

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