第6話:raw【それでもやる】

 契約をした瞬間、来翔らいとは自分の身体に『何か』が流し込まれたような感覚を覚えた。

 それはまるで、ずっと昔から慣れ親しんだようなもの。

 それはまるで、長い時の中で封じ込められていた「自分」を解き放つ溶解剤。

 そしてそれは、確かに戦える力であるという絶対的な確信であった。


 だが……何かが足りない気もする。

 そんな事は今優先すべきではないので、来翔の脳裏からは刹那で消えてしまう。


 スマホの画面からは『contract』の項目が消滅して、いくつかの新しい項目が生まれていた。

 同時に来翔の脳内に、簡易的な使い方マニュアルが強制インストールされる。

 必要時間は一秒未満。

 使い方を理解した来翔はアプリから『Morphing』の項目をタッチした。


(選択肢は一つだけ。でもその方が楽!)


 画面下部に出ているアイコンは『RawロウJusticeジャスティス』の一つのみ。

 『Raw未精製』という言葉の意味を来翔は理解できていなかったが、使わないという選択肢は無かった。

 来翔はアイコンを画面上部の風穴にドロップする。


《RawJustice select!》


 ガイダンス音声の後、待機音が鳴り始める。

 来翔はスマホを力強く握りしめて、ユキと同じ言葉を叫んだ。


「変身!」


 アプリから超常エネルギーが来翔の身体に流れ込む。

 通常のアプリ能力とは明らかに異質。

 だが間違いなく自分に力を貸してくれている。

 そういう確信は、来翔の中に芽生えていた。


《Convert! RawJustice!》


 身体が大きく変質し、ユキと同じく変身をした……と思っていた来翔。

 だがイマイチ大きな変化を身体に感じない。


「……あれ?」


 何か大きく衣装が変化した感覚もない。

 スマホは消えており、試しに両手を見てみる来翔。

 一応籠手のような装甲はついている。

 両足にも同じく装甲あり。

 だがそれ以外の変化らしい変化は全く感じない。


「えっ、俺の変身コレだけ!?」


 想像以上のショボさに、思わずガッカリしてしまう来翔。

 もっと絵に描いたようなヒーロー的な変身を期待していたが、残念がるのは後回しだ。

 起き上がった七瀬ななせ礼司れいじが跳躍して、眼前数メートルまで近づいてきた。

 人ならざる形状を維持しているが、理性は多少戻っているようだ。


「やっとアプリを使ったと思えば、なんだその稚拙な姿はッ!」

「そう言うなよ。俺も地味って思ってんだから」

「味も無くした吐瀉物未満がァァァァァァ!」


 来翔からすれば意味不明な逆上。

 しかし礼司からすれば、意味のない手加減。

 怒りに燃えた怪人イロージョンは強い殺意を携えて、来翔に襲いかかる。

 現実の時間にすれば三秒もない。

 だが来翔はアプリの影響で強化された思考速度で、咄嗟に専用の立体モニターを操作する。

 『Skill能力』の項目を力いっぱい叩いて、その能力を発動させた。


《Boot→HolyShell》


 ガイダンス音声とほぼ同時に、礼司が四つの腕の爪を立てて飛びかかってくる。

 明らかにユキに仕向けたもの以上の殺意。

 だがそれが来翔に到達する事はなかった。


「適当に使ったけど……なんとかなるんだな」


 掌を前に出している来翔。

 その掌と、飛びかかってきた礼司を断絶するように出現していたのは、六角形の集合体。

 半透明なガラスのようにも見える六角形のエネルギー体が集まって、来翔達を守るバリアとなっていた。


「またッ、あの忌々しい壁をッ!」

「間違っても壊すなよ! 請求書送るからな!」


 激しくバリアを殴りつける礼司。

 だが来翔の能力で展開されたバリアはびくともしない。

 殴り、殴り、爪で斬りつけ、口から炎を吐きかける。

 それでもバリアは傷一つつかない。その圧倒的な防御力の高さに、来翔自身も驚いていた。


「スゴいな、普通のアプリ能力を超えてるだろ」


 とはいえ、こうして防御するだけでは押しも引きもできない。

 まして今は後ろに負傷中のユキもいる。

 少なくとも今バリアを解除する事はできない。

 どうすれば良いのか。その考えが過った瞬間、来翔の脳内に『能力』のマニュアルが浮かび上がった。


「これだ!」


 新たに覚えた使い方を実践する。

 来翔はバリアを解除するように、六角形のエネルギー体をバラバラに分解した。

 遮るものが無くなり、嬉々として来翔に距離を詰めようとする礼司。

 だがそれが彼の失策であった。

 バラバラになり、周辺の空間に飛び散っている六角形の破片達。

 それらは地面に落ちることなく、空間に固定化された上で、刃物の如く礼司の身体を斬りつけていった。


「――――――――!?」


 言葉にならない痛みの声を上げる礼司。

 無数のガラス片に皮膚を裂かれたように、ドス黒い鬼の身体は数えきれない切り傷を負っていた。

 血の混じった炎が、礼司の身体から噴き出る。


「攻撃にも使えるなんて、便利な板だなッ!」


 あえて六角形を一枚、足元に配置しておいた来翔。

 マニュアルのおかげで自分にはダメージが及ばない事は理解していた。


「腹めがけてシュゥゥゥト!」


 空間に対する固定を解除して、来翔は足元の六角形を思いっきり蹴り飛ばす。

 元々アプリの力で強化されている身体能力も合わさって、六角形は凄まじい勢いで礼司の腹部へと突き刺さった。

 衝撃も合わさり、少し後ろに飛ばされる怪人。

 痛みを堪え、礼司は血走った目で来翔を睨みつけてくる。


「また傷を、私を血で汚すかぁぁぁ! 貴様のような畜生がァァァ!」

「人を人として見ろって、ユキに言われたの忘れたのか?」

「黙れェェェ!」


 絶叫して、痛みを忘れて攻撃仕掛けてくる礼司。

 そもそも来翔からすれば彼は今日初対面なのだが、こうも怨まれている以上相手をするしかなかった。

 凄まじい炎を腕に纏って、拳を繰り出す礼司。

 来翔はそれらを淡々と冷静にバリアを移動させて防いでいく。


「猿が知恵を見せびらかすんじゃあない!」

「いちいち叫ぶな。少年院で牛乳出なかったのか?」

「貴様のげんなんぞォォォ!」


 拳による連撃を、最小限のバリアで防いでいく来翔。

 一連の動きの中で、来翔は確実に能力の使い方を学習していた。

 出力の調整、目視で確認できる攻撃に対する最小労力による防御。

 そしてバリアの特性を活かしたカウンター。


「ここ!」


 六角形のバリアの向きを変えて、繰り出された腕を斬りつけていく来翔。

 蓄積されていくダメージに苛立ってくるのか、礼司は方法を変え、口から炎を吐いて攻撃してくる。

 だがそれは散らばった六角形を集めて、来翔は大きな障壁へと変えて防ぎ切る。

 そんな中、来翔は一つ不思議に思っていた。

 先程ユキがダメージを与えた時は、礼司の傷は急速に治っていた。

 だが今は違う。来翔の攻撃によって与えられた傷は、全く治っていなかったのだ。


「あの時も今も! 小細工頼りのクソカスがァァァ!」


 何度も何度も、怒りに任せてバリアを攻撃してくる礼司。

 要所要所で来翔はカウンターのダメージを与えているが、どれも決定打にはならない。

 だがそれでいい。ここまで来翔の想定通りだった。

 ただ来翔は信じて、賭けていた。

 変身中の傷は治りが早いという言葉を信じていた。

 そして……


「ライト、解除を!」


 賭けに勝った。

 背後で膨らむエネルギーを肌で感じながら、来翔は全てのバリアを解除して、身を避けた。

 振り返る。そこには回復したユキが大鎌を構えて、立体モニターの操作らしき動作をしていた。


《Moon! FinishArts!》


 ガイダンス音声と同時に、三日月型の刃にエネルギーが集まっていく。

 月光の如く輝く大鎌を、ユキは勢いよく礼司に振り下ろした。


「アルテミス・ドロップ!」


 音声コマンドによって、大鎌のエネルギーが解放される。

 破壊力を持った一撃が、容赦なく怪人の身体を斬りつけた。

 不意打ちだった為か、上手く防御できなかった礼司。

 一応急所はずらせたが、必殺技を派手に食らい大ダメージを負った。


「グ、ガッ……」


 ヨロヨロと後ろに退く礼司。

 流石にダメージを負い過ぎて冷静になったのか、忌々しそうな目で二人を睨みつけてくる。


「不純物混じりでなければッ!」


 怒りを吐き出すも、これ以上の戦闘は危険と判断した礼司。

 あえて地面に対して高火力の炎を吐き出し、爆発させる。

 その爆炎と砂煙に隠れて、ドス黒い鬼はその場から姿を消してしまった。


「……逃げた、のか?」


 視界が復活したので、来翔は周辺を確認する。

 どうやら本当に怪人はいなくなったらしい。

 これでもう大丈夫だと確信した来翔は、立体モニターを操作して変身状態を解除した。

 同時にスマホも手の中に戻り、来翔は『SaviorX』というアプリも切ってしまう。


「おーい、肩の傷大丈夫なのか?」


 振り返るとユキも変身解除していた。

 ユキは俯いたままだったので、来翔は心配になり駆けつける。

 とにかく彼女の傷が心配であった。必要であれば救急車を呼ぼうとしたその時。


「なんで……」


 ユキは顔を伏せたまま、来翔の胸倉を掴んできた。


「なんでっ、また契約したの!」


 来翔に彼女の顔は見えない。

 だが声色と肩の震えで、ユキが泣いている事だけは理解できた。


「なんで……もう、何も、して欲しくなかったのに……」


 耐えきれない後悔の念。

 ユキから嫌という程伝わってくるソレに、来翔はどう言葉を返せば良いか分からなかった。

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