第4話:morphing【戦う理由を持つ者】

 突然現れた怪人イロージョンから突きつけられた、身に覚えのない罪状。

 来翔らいとは本当に意味を理解できていなかった。


「あの、俺はなにをやらかしたの?」

「忘れたとは言わせないぞ……」


 目の前に立っている怪物こと七瀬ななせ礼司れいじは、肩をプルプルと振るわせて語り始める。


「お前に殴られてできた、この顔の傷!」

「知らない」

「お前に徹底的に潰された、ウチの兵隊達!」

「本当に知らない」

「そしてお前に爆破解体された、我が家!」

「誰か警察呼んで、何一つ知らないんだけど」


 本当に身に覚えがない来翔だったが、それが礼司の怒りを買ってしまったようだ。


「私も父上も、お前のせいで全てを失った! その罪は命で償ってもらおう!」

「父親まで俺の被害者(?)なの!?」


 恐らく存在するのであろう、自分が知らない自分の罪状。

 全く心当たりは無いが、来翔は一度警察に自首する事を考えた。

 だがそんな思考は刹那で消える。

 眼前の怪人は明らかにコチラに殺意を向けている。

 何があったのかは理解できていない来翔だったが、ユキを巻き込む事だけは避けたかった。

 火事場の馬鹿力とでも言うべきか、来翔は今まで体験した事のない速度で思考を巡らせる。


「顔を剥ぐか、内臓を散らせるか。楽に死ななければ何でもしてやろうじゃないか」

「そういう発想だから悪事がバレて堕ちたんじゃないか?」

「羽虫が戯れるなぁぁぁ!」


 怒りを爆発させた礼司は、身体から炎を吹き出す。

 冷静さ失っている怪人だが、今なら多少好都合でもあった。


「ちょっと我慢しろよ!」

「ひゃ!?」


 来翔は勢いよくユキをお姫様抱っこして、その場から走り去った。

 とにかく今はユキを怪人の視界から消す。来翔の頭はそればかりが巡っていた。


「あ、あの、ライト! この体勢は」

「我慢しろ! どっかで下ろすから!」


 幸いにしてユキは軽かった。ただ火事場の馬鹿力を出した結果なのかもしれないが、来翔にはどうでもいい事であった。

 河川敷を抜け、とにかく入り組んだ場所を目指す。

 怪人の怒号は、どこまでも背後から聞こえてくる。だがそれでも来翔は逃げる事を止めない。

 公園を抜け、人通りの多い場所は避けて、適当な高架下に逃げ込む。

 怪人の声は聞こえなくなった。だがまだまだ安心はしきれない。


「……とりあえず、下すぞ」


 顔を赤くし、呆然としているユキをひとまず下す。

 来翔はすかさず制服のポケットからスマホを取り出して『Skill Editor』を起動した。

 所有者が必要とする能力を与えるアプリケーション。

 今こそ逃走に役立つ能力が開花して欲しかったが、来翔の『Skill Editor』には何も追加されていなかった。


「この役立たずアプリめ! 今だろ!」


 スマホに悪態をつく来翔。

 だがその時であった。来翔のスマホに出現していた、真っ白な名無しのアプリアイコン。

 それにアプリ名が浮かび上がっていたのだ。


「これ……」

「ライト」


 アプリの名前を読む前に、後ろからユキに声をかけられてしまった。

 来翔が振り返ると、そこには何やら申し訳なさそうな表情を浮かべるユキがいた。

 不思議だった、何故ユキが申し訳なさそうにしているのか、来翔には分からなかった。


「時間稼ぎくらいはするから、先に逃げて」

「もう大丈夫だから」

「大丈夫って」

「もう、ライトは何もしなくて良いから」


 どこまでも優しい声色で、そう告げてくるユキ。

 笑顔は浮かべているが、何故か寂しさが滲んでいるようにも見えた。

 恐らくは来翔が失った『何か』に関する事。

 その『何か』から、ユキは自分を遠ざけようとしている。

 来翔はそう思わずにはいられなかった。

 だからこそ、恐れを感じても、来翔はその『何か』から逃げたくもなかった。


「何もしなくていい。それだけは拒否したい」

「……」

「俺は自分が何を失ったかなんて分からない。何かを失っているという自覚もない。だけどアイツやユキ達を見ていれば、何かがあった事だけは分かる」

「もう、ダメだよ」

「逃げたくない。自分の事なら尚更だ」


 何かを迷う様子を見せるユキ。

 だがその答えを出す時間は与えられなかった。

 高架下に設置されていたフェンスが、大きな音を立てて吹き飛んでいく。

 ヌルリと姿を現したのはドス黒い鬼のような怪人。

 来翔に強い殺意を向けている、七瀬礼司だ。


「つまらなく、くだらない鬼ごっこ。時間の浪費は大罪だと知らないのか?」

「お前が時間を浪費するようなノロマってだけだろ」


 ユキを背に隠すように立ち、強がって、虚勢を張る来翔。

 だが内心は非常に焦っていた。

 まだユキを逃し切れていない。今の来翔が無意識レベルで優先している事は、ユキの安全。

 ここから更に逃走劇を始める事は難しい。

 もはや来翔の中には「自分が肉の壁になる」という選択肢すら出始めていた。


「隣にいる人形も邪魔だからね。邪魔をするなら其方から殺すのも一つだ」

「俺が狙いなんじゃないのか?」

「それは結果だ。過程に価値はない」

「あぁそうかい。お前は人の上に立つの向いてないよ」


 少なくとも来翔は確信に至った。

 目の前で怪人と化している旧生徒会長は、今となっては純然たる邪悪であると。

 故に後ろには手を出させてはならない。それだけはダメだと、来翔の魂が叫んでいた。


「上に立つ者を決める権利は、君には無い」


 一歩、また一歩と、獣を罠に追い詰めるように礼司は近づいてくる。


「上と下、それは産まれた瞬間に決まる絶対的な次元の違いであり、君達のような羽虫が謀叛を企てるようなものではないのだ」

「王様気分で悪さしてたのか? そういう悪役が最後どうなるのか、絵本で学べなかったんだな」

「支配者は、絶対だ」


 鬼の顔は大して変化がない。

 だがその声と言葉だけで、来翔は目の前にいる怪人がどれ程根が腐っているのかは理解できてしまった。

 自分は支配者である。その絶対的な事実を崩された。

 故に七瀬礼司は来翔という罪人を裁こうとしている。

 来翔自身には具体的にどのような罪状なのか欠片も分からないが、少なくともこの外道に一泡吹かせたのだという事は理解できていた。


「さぁ。望みの処罰はあるか? いずれにせよ簡単には死なせない」


 身体から炎が漏れ、全てを引き裂く爪は悪魔の如く鋭く光る。

 少なくとも1人で勝てる相手ではない。『Skill Editor』に碌な能力が無い来翔は尚更であった。

 ならばユキを逃す事に注力しよう。

 来翔がそう考えた次の瞬間であった。ユキは立ち上がって、来翔の前に出たのだ。


「オイ、下がってろ! 前に出るな!」

「大丈夫」

「全然大丈夫じゃ」

「大丈夫だから。ボクを信じて」


 振り返り、ユキは来翔に笑みを浮かべる。

 優しさと、守り抜くという意思、そして慈愛を感じるような笑みであった。

 ユキは怪人化している礼司をキッと睨みつけると、自身のスマホを取り出した。


「ほう、君から相手をしてくれるのかい?」

「もうライトを戦わせない。もう二度と、苦しい思いなんてしたくない!」


 感情のままにそう叫ぶと、ユキは自身のスマホに入っていた『SaviorXセイヴァー・エックス』というアプリケーションを起動した。


《SaviorX!》


 アプリケーションの名前が読み上げられると、ユキを中心に目には見えない『何か』が展開される。

 何も起きてない筈だが、来翔は肌で『何か』が一気に広がった事を感じ取っていた。

 そしてほとんどブラインド操作で、ユキは複数ある項目から『Morphing』という機能を起動する。

 スマホの画面下部には二つのアイコン、そして上部には大きな風穴のようなものが表示されている。

 ユキはアイコンの内一つを選んで、画面上部の風穴にアイコンをドロップした。


《Moon select!》


 ガイダンス音声の後、スマホから何かの待機音が流れ始める。

 ユキはスマホを顔の横に持っていき、力強く叫んだ。


「変身!」


 眩い光に、ユキ全身が包まれる。

 一瞬の間の後、光は収まって新たな姿を得たユキが現れた。


《Convert! Moon!》


 ガイダンス音声が鳴り、来翔はようやくユキが文字通り「変身」した事に気がついた。

 桃色だった髪は銀色になり、紺色を基調としたドレスのような衣装に身を包んでいる。

 黄色の差し色も相まって、その姿はまるで夜空浮かぶ月。

 そしてユキの目には、絶対的な戦う意志が宿っていた。


「お前なんか、ボクだけで十分だ」

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