奇妙な果実は実らない ⑤
あぁ可哀そうに。必死になって火車の対抗策を考えているよ。まったく、もう君は積んでいるんだよ。残された選択肢は、どう殺されるか、それだけなのに。
僕を左手で掴んでいるこいつは、きっと夢魔の類だろう。村人の異常から十中八九幻術を使うタイプで間違いない。だから、単体としては弱い。火車一人でも十分始末できる。なら僕はどうしてようか。流した血は七割程度回収している。そんなことにもこいつは気が付かない。
まわりに吊るされている死骸は行方不明者だろうか。暗くてよくは見えないが、十体以上ある。聞いていた数よりだいぶ多い。なるほどね、これは火車が喜びそうな奴だ。少し嫉妬する。いや、だいぶ嫉妬してるな。今すぐ殺したいぐらいには。
さて、どうしようか。今すぐ体をもとに戻してこいつを始末して、それから火車に血を分けてもらえないか相談しよう。いけない。だいぶハイになっている。冷静に、冷静に。とりあえず、こいつを拘束しておこうか。
僕は自分の血がべっとりとついた髪を操作する。するすると伸びる髪が男の首に巻き付いて締め上げる。ついでに体も元に戻しておこうか。大丈夫。血はすぐに手に入る。火車の血は濃厚で甘く、深い味わいがある。他の血の味なんて覚えてないから、比較できないけども、それを思えば何でも耐えられる。この首が斬れた苦痛ぐらいはいつものことだ。
どれくらい体は戻ったかな。とりあえず、四肢はある。内臓は不十分。声は出ないかな。隣に立つ男は化け物を見るような目で僕を見ている。大変失礼な奴だと思う。僕はただのまがい物の吸血鬼なのに。そんな目で僕を睨まないでくれるかな。
ガチャッと蔵の扉が開いた。火車が入ってくる。ああ、待っていたよ。獲物は捕まえておいた。だから、早く早くこいつを始末して血を分けてくれ。どうしたんだ、火車。何をそんなに怒っているのか。ほら、僕はうまくやれているだろ。怒らないでくれよ。
「邪魔だ、月神」
と、火車は言った。何が邪魔なのかわからない。ほら早く片付けてくれ。僕はもう我慢の限界なんだ。ギリギリと髪で締め上げて何もできないこいつを殺すなんて簡単だろ。早くしてくれ。
火車は歩いて近づいてくる。ああ、焦らさないでくれよ。今すぐこいつを殺してさ、ほら、いつものヤツを分けてくれ。僕には火車の血が必要なんだ。だから、もう我慢できないよ。殺そう。僕がこいつを殺して終わりにしよう。火車がこいつを挟んで目の前に立つ。
アッ!と、思わず感じて声にならない声が漏れた。火車の包丁が夢魔ごと僕を刺している。熱い熱い熱い熱い。痛みは限度を超えると熱さへと変わる。何度も体感した。何度も火車に斬られて刺されて刻まれた。だから、僕にはそれがわかる。しかし、いつもより熱い。答えは単純だった。包丁の刃自体が熱を帯びている。
「邪魔だといったよな、月神」
と、火車を相変わらず激怒の色をした目で僕を睨む。くちゃっとした感触が胸から伝わる。痛い。火車が包丁をわずかに捻ったのだ。なぜ、なぜこんなことを。わずかに空いた胸の隙間から血が漏れ出した。
「これは俺の獲物だ、月神。どうなるかわかってんだろうな」
と、火車が言う。目の前のこいつが邪魔で火車が良く見えない。ぐちゃぐちゃと刺さった包丁が内臓を搔きまわす。痛い。包丁の熱が心の臓を焦がす。痛い。火車の手が伸びてくる。
……死ね。
と、火車が僕の顔を握られる。皮膚が焼ける。眼球が膨れる。膨張する。ギーンとする。熱い。パチッと鳴った。目が爆ぜる。ドロッと目から血が溢れて零れる。その血が火車の手をよごした。
熱が頭にこもる。燃える。脳がドロドロになってきてしこうがおとろえていく。びこうをとおるけむりのにおいが、くさい。口から鼻からそれがでてくる。いがぐるぐるいってるきがする。いえきがのどを通り口からあふれてくる。ひぐるまの手をぼくのいえきがよごしたのと同時にいしきがとんだ。
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