第38話 たこ焼き

 まだ暖簾の外である。祭りって、意外と長い。


「あ、一条さん。俺店番変わりますよ?」

「……良いのかい」

「うす」

「助かる」

「気にせんでください。俺と一条さんの仲じゃあないっすか」


 後輩の腐敗の龍王グランギニョルくんが店番を変わってくれたので、休憩時間になった。

 のは、良いのだが。


「……」


 祭りの中を歩いていると、意外と、することがないものである。


 地球の子供だった頃は、綿菓子の袋や、お面屋さんの新作ヒーローお面を見て楽しんでいたものだったが、歳を食うと、することがない。

 祭りの食べ物はあぶらっこいし。

 全部「お祭り値段だな……」って感じの値段だし。

 ぐるっと散歩一休み……するには、魔界の祭りはちょっと暑かった。


「…………邪神参拝だけして、店番戻るか」


 祭りが始まる前に一度だけ顔を出したが、何度挨拶したって構わないだろう。相手は邪神である。

 と、魔王城頂上に向かおうとすれば。


「たいしょー!!」

「あ、大将さん」

「休憩かい? 大事だね。休憩は大事だとも。うん。休憩は大事だ」


 運営席。

 できあがっている、幼女魔王+暗黒女騎士+クラーケン賢者。

 なんか、よく見る並びである。


「休憩は大事だよ、そうは思わないかい? 魔王陛下」

「たいしょー、おみずもってない?」

「自販機があるのでは」

「まどーじはんきはうりきれぞくしゅつ……」


 魔導自販機は売り切れ続出らしい。お祭りあるあるだ。たいていホットコーヒーだけが残っている。

 酔っぱらって触手が真っ赤なクラーケン賢者を落ち着ける手段は、皆無だった。

 提案してみる。


「食べ物で、どうにかしましょう」

「それだ。きしちゃーん! なにたべたいー!?」

「あの丸いやつ食べたいです魔王様ぁ!」

「じゃ、かってくる」


 と、いうことで。


「へい、おまち」

「たいしょーじゅんびはやくない?」


 たこ焼きである。

 中身はギガンテクノイビルマダコ。要するにマダコである。

 たっぷりのソースと、かつおぶし。青のり。

 木の皮っぽい皿も、ちょっと嬉しい。


「わたしがせきたったしゅんかんに、かってきてた……」


 ちょっと時間を止めただけである。問題はない。


「たいしょー、おだい……」

「俺も食べますので」

「ほならええかぁ!」


 よいのだ。


「おそとさくさくなかとろ あ゛っつ゛!!」

「ふふ……ダメですね。良くないと思いますよ、私。賢者さまに同族食わせてるのに……ふふ。まずい。まずい状況なのがマズイですね……」

「同族がこれほど美味しいのなら、ボクは海を干上がらせてもいいのでは?」

「あんていきょーきゅーにはふっはふっごくごくんぷぅぁ!! もんだいあり」

「ならば次は海底王国をだね……」


 賑やかな、運営席。

 楽しそうである。


「魔王ちゃーん! 花火あがるってー!」

「ゆーしゃもこっちゃこーい! たこやきあるよー!」

「はーなーびー!」


 賑やかになっていく、運営席。いつもの常連が、楽しそうである。


「あぶらって、どうして、びーるにあうんだろうね……」


 お祭りも悪くないな、と思いつつ。

 俺は店番に戻った。

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