第34話 冷やしトマト

 いつも通りのカウンター席。

 幼女魔王が、べちゃ……と、なっている。


「とけています」


 溶けているらしかった。

 年度はじめだなんだ言っていたら、もう夏である。


「としとると、ね」

「へい」

「時のながれが……かわというか……」

「川というか」

「ないあがら」


 異世界にもナイアガラの滝はあるらしい。

 そういえばあった気がする。魔界ナイアガラの滝である。見物料は無料。


「ときはむじょう」


 時は無情である。


「あづいし……しごとすすんでないし……いもたれするし……」

「夏バテ、ですか」

「かもぉ」


 夏バテかもしれなかった。

 非常事態である。見てみれば、大ジョッキがまだ2つしか並んでいない。

 だいぶ飲んでいた。


「……たいしょー」

「へい」

「ちべたいのたべたい」

「へい」


 ということで、そういうことになった。

 厨房下のコキュートスドラグーン冷蔵庫の背中を叩き、尻尾をあげさせる。


「れいき」


 冷気がぶわっと出た。

 普段、ビールのグラスをキンッキンに冷やしてくれるコキュートスドラグーン冷蔵庫である。働き者で、暫く使っているが調子が変わらない良い子だ。

 中から取り出す。


「おっ」


 切る。


「ほうちょう、きれあじいいね」

「へい」


 毎日研いでいるので当然なのだが、今回の食材を切ってみると、たしかに切れ味が良い気がする。

 と、いうことで。


「へい、おまち」


 冷やしトマトである。


「ひんや~……」


 焚火に手をあてるように冷やしトマトの冷気にあたる、幼女魔王。

 涼しいのだろうか。


「きもち、涼しい」


 涼しいならよかった。

 ひょいっとパクっとする、幼女魔王。一瞬、ぴきっとなる。


「へい?」

「だ、だいじょうぶ。おもったよりきーんって来ただけ……」


 幼女魔王の年齢になると、冷たい固形物に一瞬拒絶反応が出るものである。

 かなしい。


「もにゅ」


 口の中で良い温度になったらしい、幼女魔王。

 スライスされた鮮やかなトマトをぱくりとし、もにょりとしている。


「じゅーし……ごくっ」


 大ジョッキをあおる、幼女魔王。

 少し、遠い目をしている。

 ……さすがに、冷やしトマトだけでは物足りなさそうな表情である。


「魔王さま」

「ん? なぁに?」


 俺はコキュートスドラグーン冷蔵庫の背中を叩いた。

 出てきたので、さしだしてみる。


「…………しろい」

「モッツァレラです」

「もったれら」

「オリーブオイルもあります」

「………………」


 モッツァレラチーズがスライスされるのを見つめる、幼女魔王。

 オリーブオイルの緑に目を輝かせる、幼女魔王。

 幼女魔王がうなずく。


「つみぶかい」


 罪深いらしかった。

 罪深い料理を、幼女魔王は笑顔でたべきった。

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