第32話 うどん

 幼女魔王は、静かに自分のおなかをさすっている。

 おなかいっぱい、のさすり方ではなかった。


「……たいしょー……」

「へい」


 ひっそりと、座敷の席から顔をだしてくる、幼女魔王。

 用事だろうか。

 ひっそりとした感じだったので、俺も、ひっそりと顔をだした。


 座敷で、客がふたり眠っている。

 闇落ち女騎士と、クラーケン賢者である。


「…………手配しましょうか。タクシードラゴン」

「あっ、それもね、あとでね、おねがいするんだけど…………」


 きょろきょろして、ひそひそ話す、幼女魔王。

 俺も、つられて座敷を見た。


「あぁまずい……とてもべりーすごくまずい…………」

「肉牛を……海に……海牛……ウミウシ……?」


 空になった徳利や、グラスに囲まれている、お連れ様2名。

 すっかり夢の中である。


「さきに、ね?」


 まだ夢の中ではない幼女魔王が、こっそり言った。


「おうどん、しめ。ちょーらい…………?」

「へい」


 二人にナイショで、食べたい気分らしかった。



 ということで、うどんである。

 うどん王国サヌーキーで手に入れた冷凍さぬきうどんがあったので、使う。


 良いうどんを使うべきかとも、思った。

 だが、鍋のしめは、特に深い理由なく、冷凍やインスタントが嬉しかったりする。


「へい、おまち」

「わはぁ……………!!」


 幼女魔王も、同じ趣向らしかった。


「じゅわ……ぱち……ぐつ……うぇっへっへ………!」


 ちょっと残った糸こんや肉切れの中で、ぐつぐつする、うどん。

 油と茶色と野菜の中で、白くてゆらゆらしている。

 箸でちょいっととる、幼女魔王。


「ん~……ふっふっふ……もういっぱい……」


 ちまちまつまむ、幼女魔王。

 つるんとして、汁がほっぺに飛んだ。


「…………む?」


 寝ていた闇落ち女騎士が、ぴくりとする。


「焼ける……煮える……匂い……!?」

「わひゃ!?」


 がばっと起きる、闇落ち女騎士。

 驚いた幼女魔王の声で、クラーケン賢者もドミノ倒し的に起床する。

 すき焼きは良い匂いなので、仕方なかった。


「ずるいですよぉ魔王さまー!?」

「……万死に値するとは思わないかい?」

「あわわわ……!」


 箸を剣のように握りなおす、闇落ち女騎士。

 髪をくねらせ襲い掛かる姿勢の、クラーケン賢者。


「たた、たいしょー!」

「へい」

「あと2たまついかー!!!」

「へい」


 賑やかな夜になった。

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