第31話 すき焼き

 今日は、座敷に3人の客が来ている。

 クラーケン賢者と、闇落ち女騎士と、いつもの幼女魔王。


「機械皇帝あれで死んでないのズルじゃないですか……? 不正ですよね……」

「まぁ、そういうこともある」

「魔王城には首を落として四肢を切断した程度じゃ死なない連中が多いからねぇ」


 いつもなら騒がしくなる面子だが、今日はどことなく慰めムードであった。

 慰められているのは、闇落ち女騎士である。


「全身の魔力経路をオーバーロードさせて精神構造から切断したのにぃ……!」

「まぁまぁ」

「そこまでえげつない事をやっているとは思わなかったな」

「えげつない事しないと四天王になれないって聞いたので……まぁやってもなれなかったんですけどね!!」


 精神切断で死ぬのは魔法使いのクラーケン賢者くらいなので、まだ優しい闇落ち女騎士だった。いい子である。


「……大将」


 見かねたらしいクラーケン賢者が、メニュー石板を弄りつつ声をかけてきた。


「へい」

「豪勢にいきたい。すき焼きを頼むよ」

「へい」


 という事で、すき焼きである。

 祝い事の時に食べるイメージだったが、同僚を元気づけるのにも良さそうだった。


「すきやき? すき……鋤? 焼くんですか!?」

「すきってなに?」

「農具の一種だね。いや、すき焼きは農具を焼いたものではないが……」


 座敷の雑談を聞きつつ、準備を始める。

 うちのすき焼きは関東風であった。最初からわり下を煮立てて、そこに色々ぶちこんでいくのである。


「……甘辛系の匂いがします」


 賢い、闇落ち女騎士。

 醤油とかみりんの煮える匂いには中毒性があると思う。

 ……白菜から良い感じに汁が出てきた。


「へい、おまち」


 という事で、すき焼きであった。

 3人でつつく事になるので、具沢山である。


「……鍋ですね、これは。焼いていないのでは?」

「こげめついてるから、やき」

「なるほど」

「女騎士くんから行くと良い。さぁ、肉を行きたまえ」


 海を行きたまえ、と導く師匠キャラみたいな口調で肉を勧める、クラーケン賢者。


「あ、はい。いただきます」


 お行儀よくとって、食べる、闇落ち女騎士。


「…………」

「だまっちゃった」


 黙ってしまった。

 黙ったまま、箸を走らせる、闇落ち女騎士。2枚目のでかい肉である。


「……まずいです」

「フッ。気に入ってくれたらしいね」

「明らかに脂っこくてキツイのに甘辛と出汁の所為で……ッ!」

「そんなキミに」


 まだ白い触手を動かす、クラーケン賢者。

 触手が伸びた先は、俺が出した山盛りの卵である。


「これだ」


 触手2本でぱかっ……と卵を割る、クラーケン賢者。

 意図を察した闇落ち女騎士の動きは素早く、もう、さっとつけて、食べた。


「…………不味いですよね、これ」

「ボクはすき焼きのためだけに地上侵攻を唱えた事もある」

「はくさいいただきぃー」

「あっ糸こんはボクのモノだぞ魔王陛下」

「うぇっへっへっへ」


 穏やかに鍋を囲む、3人組。


「みずみずしさと、だしと、あじ」

「脂ぁ……不味いです。不味いですねぇこれは」

「しかし相変わらず良い肉を使っているね、大将。これは……」


 慰めムードはすでに消え去り。


「「「酒」」」

「へい」


 酔っ払いムードであった。個人的には、慰めムードより好きである。

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