第16話 たこわさ

「あ゛ー…………」


 カウンター席で触手をピンク色にしている、クラーケン賢者。


「だいじょぶ?」


 隣席の幼女魔王が、心配そうにその顔を覗き込んだ。

 今日の客は、この2人だけである。


「……大丈夫だとも、これは苦痛に喘いでいる訳ではないからね」

「ほへー」


 おちょこをくいっとする、クラーケン賢者。

 形の良い唇を少しもにょもにょとして。


「……」


 箸を伸ばす先は、ツマミ。

 たこわさである。


「……あ゛ー…………」


 効いたらしい。


「たこわさからかった? だいじょぶ? まえもまっかっかなって、ねちゃったし」


 以前の女子会にて、触手髪をピンクにして寝落ちした、クラーケン賢者。

 その様子を覚えているらしい幼女魔王は、そのあたりが心配らしい。


「…………大丈夫だとも。あぁ、これは苦痛に喘いでいる訳ではないからね」


 答えるクラーケン賢者の声はまだ眠気には遠いらしい。

 が、言っている事は繰り返しなので、酔ってはいる様子だ。


「んむぅ たいしょー、わーたーしーにーもー」

「へい、おまち」


 ということで、幼女魔王にもたこわさである。

 塩で揉んで洗った蛸の刺身に、みりんに醤油に、鷹の爪に、わさび。まぜまぜ。


「にゅるんっくぱぁ……」


 にゅるっとした食感を全身で表現する、幼女魔王。


「つんとしたら、のむ」


 ジョッキを運ぶ手に迷いが一つも無かった。


「……っぱはぁ……」

「あ゛ー…………」


 酔っ払いがカウンターに2つできた。平常運転である。

 今日はまた深酒になるのだろうか。


「あ゛ー……じゃなくって、そうだよ、魔王陛下。しごと、仕事のはなし」

「ぽへぇ?」


 と思ったら、呂律の怪しいクラーケン賢者が、話しを切り出した。

 酔いに任せた愚痴では無さそうだった。


「てんくー……天空、そう、天空の勇者の、あれ、なんだったっかな」

「んへぇー……? じんもーん? じんもんはまかせたじゃんー」

「それ。そうだよ、しょく……くぃっ……触手責め、触手責めはじめて2週間くらい経つんだけれどさ」

「もーそんなたつかぁ……」


 しみじみとする、幼女魔王。

 年の暮れは時の流れが早くて困る。


「なんか、効いてない様子なんだよね」

「んぇ? くらーけんちゃんのうねうね、たえきるぅ? むりむり」


 むりむり、と手をふる、幼女魔王。

 たこわさの吸盤部分をくにっくにっと幸せそうに頬張っている。


「ん多分ね……くぃっ……これぁボクの推測なんだけれど」

「すいせい?」

「すいそく。ありゃね、たぶんね」


 頭のよさそうな事を話しながら、日本酒を呷り続ける、クラーケン賢者。


「にほんじんだよ、触手をこわがりやしない」

「にんじん」

「にほんじん」


 酔ってるせいで、まともな仕事の会話はできていなさそうだった。

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