第17話 あたりめの炙り

 開店から30分。


「がじがじがじがじがじ……」

「へい」

「もにょごく」

「へい」

「がじがじがじ……じゅわ……うま…………」


 あたりめを齧り続けている、幼女魔王。

 何か言っているのか、それとも感想を漏らしているだけなのか、微妙だった。


「がじがじがじがじがじがじ……ぺろ……がじがじ…………」


 噛んでいたものをごくりと飲み干し、次のあたりめに手を出す、幼女魔王。


「うまい」


 美味いならよかった。

 ということで、炙った、あたりめである。


「あごがつかれるいがいはね」

「へい」

「もっとも、やさしくて、じわぁ……ってかんじの」

「へい」

「なんだよね。がじがじがじがじがじがじ………………」


 あたりめを齧り続けている、幼女魔王。

 炙った干しイカの旨み成分は、魔王にも通じるらしかった。


「がじがじがじ……」


 ……本当によく噛む、幼女魔王。


「もにょ、ごくん」


 呑み込んだ。


「……っぺはぁ……」


 ジョッキを空にして。


「…………がじがじが」


 再度、齧り始めた。

 いつも「ぱぁ」だか「ぷぇ」だか「うぇ」だか言っている口は、今日ばかりはあたりめを齧りがじがじする事にかかりきりらしい。


「ごくん」


 のみこむ、幼女魔王。

 ルビーの瞳は、綺麗に細められていた。

 ご満悦なご様子。


「ごまんえつ」

「へい」


 本当にご満悦だったらしい。


「……あのゆーしゃも、こうやってかみくだければなぁ」


 ほの暗い笑みに変わる、幼女魔王。

 一心不乱にあたりめを噛んでいた理由が分かった。

 どうも、何か嫌な事があったらしい。


「がじがじがじがじがじ」


 また噛み始める、幼女魔王。

 職場のストレスを言葉にせず、あたりめで発散する様が、なんとも哀愁を誘う。


「……何か、あったんですか?」

「んがじむ?」


 がじがじ、という口を止め、ごくんと呑み込む、幼女魔王。

 疲れ切った目をアルコールで潤ませながら、俺を見上げてくる。


「んっとねぇ…………えとぉ……うん」


 歯切れが悪い、幼女魔王。

 舌足らず故に言葉に詰まる事は今までもあったが、今回は、どうにも言いにくいらしい。


「……たいしょー」

「へい」

「えっとね、そのね?」

「へい」


 話す事を決めたらしい、幼女魔王。


「にんげんほろぼしてもいい?」

「燻製卵とチョリソーの仕入れが切れそうですね」

「せかいってままならないものね」


 世界って儘ならないものである。


「……がじがじがじがじ」


 しゅんとして、がじがじする、幼女魔王。

 口に吸いこまれていくあたりめが、ぎりぎりの所で、人類の平和を守っていた。

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