第10話 ブリの刺身

「……すっきりした、注文通りの品だ」


 おちょこを一度くいっとして、満足した様子の、クラーケン賢者。


「のみなれてるかんじ」


 それを見て、早々にジョッキを空にした幼女魔王は複雑な表情を浮かべた。


「飲み慣れていたら、何か不都合かい? 魔王陛下」

「いやね、えっとね……んー」

「?」

「おんなきしちゃん、よっぱらったらなかよくなれたから、ね?」

「あー」


 新人闇落ち女騎士の経験から、飲みにケーションを覚えたらしい、幼女魔王。

 今日の目当てもそれだったらしいが、クラーケン賢者は、酒で本性を表すような性格ではないらしかった。

 

「悪いね。昔から、外では酔えないタイプなんだ」

「んむー……まぁ、そういうのみかたもあるかぁ」


 幼女魔王も何か納得したようで、またおかわりされた生ビールを啜りはじめる。

 とか言ってたら、捌けた。


「へいおまち」


 ブリの刺身である。

 注文は刺身だけだったので何を出すか迷ったが、今朝仕入れた中ではこれが一番おいしそうだったので、これで行く事にした。


「へぇ……」


 黒い皿に盛られた刺身を見て、静かに目を細める、クラーケン賢者。


「きらきらだぁ…………!」

「ずいぶん鮮度がいいね」

「へい。今朝仕入れたものでございます」

「…………魔王城直近の港まで、馬車で三日はかかる筈だけれど?」

「へい」


 地理に詳しいなぁ、と思った。


「……まぁいいや。いただこうか」

「くらーけんちゃん、その……」

「……陛下も少し、どうぞ」

「わはぁーい!」


 苦笑して幼女魔王に刺身を分ける、クラーケン賢者。実年齢に反し、年上っぽい。

 まず、落ち着いたクラーケン賢者が醤油にぶりをつけ、食べた。


「……」

「おほー……お醤油きらきらしてるねぇ、良いあぶらだねぇ」


 沈黙する、クラーケン賢者。

 遅れて幼女魔王もぱくつきはじめる。


「ふふふ……おさかなのあぶらはね、けんこうにいいから、せーふ……」


 くいっ、と。お猪口を傾ける、クラーケン賢者。


「くはぁ……」

「あぶらあまくておいし……んゅ?」


 訝しむ、幼女魔王。

 その視線の先は、目を静かに閉じて……息を吐く、クラーケン賢者。


「あー……」

「どしたの?」

「いや、魔王陛下。なんでもないさ」


 また一切れ食べる、クラーケン賢者。おちょこをくぃっとして、とっくりから注いで満たし、またくぃっとする。


「あー……」

「?」


 触手髪の銀色が、少しだけ桜色に変色しはじめていた。

 茹でて赤くなるのはタコの筈だが、クラーケンでもそうなるらしい。


「……魔王陛下」

「だから、どしたの?」

「大将、ボクの国にくださいよ」

「やだ」

「やだかぁ」


 やだらしい、幼女魔王。

 首をふりふりする幼女魔王を横目に、また刺身に手をつける、クラーケン賢者。


「……忠誠、誓いますね。魔王陛下」

「わぁい」


 飲みにケーションは一応、成功した様子だった。

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