第9話 日本酒・辛口
開店から20分。
「たいしょー いつもの!」
「へい……?」
暖簾をくぐってくる、幼女魔王。
その後ろに、見慣れない長身の影がある事に気付いた。
「ボクの顔を覚えているかね、大将とやら」
遅れて入ってきたのは、髪の毛がイカの触手みたいになっている、長身美女。
その波のような装飾がついた青いローブには、見覚えがある。
クラーケン賢者である。
「へい、お久しぶりでございます」
「あれぇ おしりあい?」
漆黒のマントを畳みながら首を傾げる、幼女魔王。
話してよさそうな雰囲気だったので、少しだけ間柄を説明する。
「たしか、海魔大戦の時の事です……ほら、ポセイドン様の城に攻め入った時」
「うん。ボクと彼は少しやり合った仲なんだよ、魔王陛下」
「ほぇー せかいってのは、せまいねぇ」
髪の触手が椅子を引き、幼女魔王と賢者はカウンターに座る。
便利な髪である。
「……片手間に斬り捨てた相手を、よく覚えているものだね。大将」
客商売だから、人の顔は覚えようと頑張っている。成果が出たようだ。
「ちぇー しんじんさん、あんないしたげよーと思ったのに」
「こんな店があると知ったのは今日が初めてだ。案内には感謝するよ、魔王陛下」
「かんしゃやったぁ」
感謝され、胸を少し張る、幼女魔王。小さい。
小さい手をメニュー石板に伸ばし、また自慢げな笑みを浮かべた。
「このおみせね」
「うん」
「なんでもあるんだよ」
「なんでもあるのかい」
「なんでもあるんだよぉ」
うへへ、と届くジョッキを横目に嬉しそうな、幼女魔王。
メニュー
「……本当に充実しているな。こんな内陸なのに、生魚も多い」
「おさかなさん、たべる?」
「あぁ、刺身をいただこうかな。それと……ん?」
なにかに気付いた様子の、クラーケン賢者。
それに気付いて、幼女魔王はさりげなくメニュー石板を動かす指を止めた。
「ニホン酒が……あるのか」
「へい」
「そうか。大将は異世界人だからな。そういう事もあるか……」
また自慢げな、幼女魔王。
「いったでしょ? なんでもあるよぉ」
「ふふ。質が気になる所だね……では大将、ニホン酒を。辛口はあるかね?」
「へい」
なんでもある、と自慢された後に無いとは言えないが。
あったので助かった。
「熱燗、できますよ」
「今日は冷酒でいいや。内陸は暑くて困る」
「へい」
とっくりを用意。
酒が薄まらないよう、専用の氷ポケットに氷を入れて。
磁器の良いおちょこも用意する……魔王城では中々出番が無いが、良い品だ。
「へい、おまち」
ということで、辛口の日本酒であった。
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