水平線炭酸水

小狸

短編

 私の高校では、期末テストは4日に分けて行われる。


 今日はその2日目と、3日目の間である。


 試験後は強化部(全国大会に行くようなガチ勢の部活)以外は速やかに帰宅するか、学校に残って勉強するかのどちらかの選択肢が迫られる。


 そんな中、電車の窓から、いつもより淡い空を見た。


 私は、寄り道をした。


 今日は文系は2科目しかなかったので、実質お昼上がりみたいなものである。


 人通りも少なく、学生もいない。


 この時間に見える街並みは、いつもと違って見えて、どこか好きだ。


 海沿いの、自宅とは反対方向の上り線に乗って、少し進んだ先にある、小さな駅で降りた。


 ごつごつした岩が転がっていて、海水浴には決して向かないけれど、人の少なく、海が綺麗に見える、私の好きな場所である。


 ここなら安心して、ぼうっとできる。


 ぼうっとしているのは、元から好きだ。


 高校に入ってから、そうはいかなくなった。吹奏楽部も(人数は少ないけれど)忙しいし、今は2年生になって、副部長という役職も持たされることになった。


 少しずつ進路指導も現実味を帯びて来る。

 

 いつからだろう。


 「夢」が。


 「就きたい職業」に変わったのは。


 それは多分、劇的な変化ではなかった。


 分からないうちに、何かを誤魔化されるように、いつの間にか移ろいゆき、成り代わっていた。


 それこそさっきも言った通り、「現実」味がまとわりついてくる。


 一度くっ付いたそれは、離れてはくれない。


 まるで、熱い鉄を氷の塊に落とした時のように、もう取り返しが付かない。


 氷が溶けるように。


 魔法が解ける。


 大人たちは、口を酸っぱくして、こう言う。


 現実を見ろ、現実を知れ、これが現実だ。


 でも、実際どうだろう。


 今、私がいるこの世界は、現実ではないのだろうか。


 何も知らない私達が、何かを知ることによって、それは現実に変わるのだろうか。


 だったら――そんなもの。


 同じじゃないか。


 そう思う。


 波打ち際まで近づくと、岩が滑って危ない。


 国道沿いの階段の近くに座って、海を眺めた。


 空と海との境界は、はっきりしている。


 でも、はじける水泡は?


 波に揉まれる空気は?


 泡はいずれ消える。


 しかしそれは、海が消えるということでも、空が消えるということでもない。


 何かを知っただけで、分かった気分になっているだけで。


 現実がいつだって、私達を覆い隠しているように。


 本当のところ、物事の境界線など、無いのではないか。

 

 私と、私以外も。


 きっと。


 だったら。


 私は。


 何のために。


 大きな波が、岩に当たって砕けた。


 はっとした。


 気が付いたら、空は狐色をしていた。


 随分ずいぶん長い間、私は海を見ていたらしい。


 帰り道、駅の自販機で、サイダーを買った。


 口の中にほろ苦さがあふれ、そのすぐ後、まんべんなく甘さが広がる。


 明日もテストである。


 現実は続く。


 炭酸のように、いつか通り過ぎてはくれない。


 これから役に立つかは分からないけれど。


 今、役に立つから良いよね。


 電車に乗って窓を振り返った。


 空がこんがり焼けていた。


 家に帰って勉強をしようと、私は思った。




(「水平線炭酸水」――了)

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