最終話 勇者殺しの平民



「え? え?」


 私は、私の視界に映ったものが信じられなかった。

 だって、起きた私の手は……赤い血に、染まっていたのだから。


 それだけじゃない。逆側の手には、なにかを握りしめている違和感があった。


「……ナイ、フ?」


 なにを握りしめているのかを確認すると、そこにあったのはナイフだった。

 刀身は血に濡れて、持ち手や手のひらまで血でべったりと汚れていた。


 これは、夢……?

 ……いや、この感覚には覚えがある。勇者を刺し殺したときの、あのいやな感覚。


 これは、現実だ……


「な、んで……い、ったい……」


 落ち着け、落ち着け私……そう思っても、心臓の音はうるさく、収まってくれる様子はない。

 まず、状況を確認しないと。寝て起きたら、血まみれでナイフを握っていたなんて、そんなことあるわけ……


「……ひっ」


 首を、動かして……隣に、勇者が寝ていることに気づいた。

 仰向けに寝転がり、その腹からはおびただしい血が流れていた。


 ……死んでいる。それは、見るからに明らかだった。

 目は開いたまま、顔は白くなり……まるで、助けを求めるように、苦しそうな表情を浮かべて。


 なんで、どうして。そんな疑問は、浮かんではすぐに消えていった。勇者が私の部屋にいる理由も、彼が血を流している理由も。

 この状況……間違いなく、想像してしまう事態は一つだ。


 私が、このナイフで勇者を、刺し殺した。


「ち、がう……違う、違う違う違う!」


 じわりと、視界がにじむ。首を振り、必死に訴える。

 違う、これは私じゃない……私は、こんなの知らない!


 そう思っても、これが現実だと、目の前の勇者が教えてきた。手に握ったナイフを手放したいのに、手が開かない。

 血が乾いて、くっついてしまっているから……だけだとは、思えなかった。


「なんで……今まで、うまく、いってたじゃない……!」


 誰にぶつけるでもない言葉を、私は口にした。

 勇者殺しの未来を回避するために、私は頑張ってきた。勇者殺しの原因となるであろうことを避けて、今日まで来た。


 結果、勇者パーティーは揃い、これからだってところだったのに……どうして、こんなことになっている!?

 理不尽による、怒りが……私の中に、生まれてきた。


 せっかく、"二度目"の人生はうまくいくと、そう思ってたのに……これじゃあ……!



『ねぇ、これは本当に二度目?』



「……へ?」


 そのとき、頭の中に……声が聞こえた。

 どこかで、聞いたことのあるような……馴染みのある、声。でも、それが誰のものかは、思い出せない。


 よく……それこそ毎日聞くような女の人の声が、私の頭の中に……



 コンコン



「ひっ……」


 部屋の扉が、ノックされる。それに気づいて、私の喉からは震えたような声が出た。

 いったい、誰が……なんて、考えるまでもない。私を起こしに来た、メイドか、それとも王女か……


 いずれにしろ、こんな状況、見られるわけにいかない。逃げないと……!

 ……あぁでも、服も血まみれなこの格好で、扉から出られないこの状況で、いったいどこに、どうやって?


 それに……あ、はは……足が、動かないや。声も、出ない。

 再びの、ノック。部屋の外の人物は、なぜか声をかけてはこない。


 いや、待って。お願い……お願い、だから……やめて……!


「……っ」


 そして、ガチャ……と。静かに、ドアノブが傾いて。

 ゆっくりと……扉が、開いていった。



 ―――完―――



 これにて完結となります!

 最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


 いやぁ、これからついに魔王退治だ、ってところで……思わぬ展開になってしまいましたね。

 勇者を殺してしまい、その罪で処刑された少女は死に戻り、二度目の人生を幸せを掴むために生きる……はずだったが?


 ジャンルがジャンルだけに、ちょっとホラーちっくな感じで終わらせてみました。こういうのも味があっていいかなと。

 なんで、どうして、誰が……そして、最後頭の中に聞こえた声は誰のもので、その意味とは。


 最後ちょっと駆け足気味になりましたが、それでも楽しめるものを提供できていたら、幸いです!

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勇者殺しの平民は、世界をやり直す ~平穏を目指す彼女のリスタート~ 白い彗星 @siro56

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