第44話 魔王退治の旅に向けて



 お風呂場でのひとときが過ぎ、お次はみんなでの夕食。

 お昼の食事会とは違って、今回はバイキング形式ではない。ちゃんと席について、出された料理を食べていく。


 昼間の一件でそれぞれの関係性がだいぶ近くなったため、夕食の間も話が尽きることがなかった。

 勇者パーティーとしての話から、個人的な話まで。


 わいわいとした時間は、あっという間に過ぎていく。そして……夕食を終えた頃、国王から宣言があった。


「勇者パーティーがこの国を発つのは、三日後を予定している」


 三日……それが、魔王退治の旅に発つまでの期間。

 それまではこの国で、自分の能力を高めたりチームワークを高め合ったり……旅についての準備をしたり、ということだ。


 三日後とは、長いような短いような。

 その間に、どの方角から魔王城に向けて行くのか……魔族が活発になっているところなどを、調べていく。


 その中に、カロ村周辺で動きを見せている魔族がいるはずだ。

 私が勇者殺しの罪で捕まり、牢屋の中にいる間に……魔族により滅ぼされた、私の故郷。


 みんなが、シーミャンが殺される……その未来だけは、回避しなければいけない。


「なんか、いよいよって感じだな」


 出発は三日後だと伝えられ、勇者が言った。

 私にとっても、初めてとなる旅路。準備は、入念にしなければいけない。


 命を落とすかもしれない、危険な旅。だけど、不思議と不安はあまりなかった。

 ここにいるメンバーなら、なんだって切り抜けることができる。そう思えたからだ。


 勇者、王女、ナタリ、ミルフィア、ガルロ……そして私を含めた、この六人なら。

 危険な旅でも無事に終え、全員きっと生きて帰ることができる。そう、思った。


「じゃあ、また明日な、みんな」


 夕食を終え、明日から本格的に活動することを決め。今日はゆっくり休むため、みなそれぞれの自室へと戻る。

 ナタリ、ミルフィア、ガルロの三人にも、それぞれ部屋が用意されている。


 みんなと別れ、私は自分の部屋に戻った。


「はぁ……なんとか、やっていけそうかな」


 ベッドにダイブした私は、今日会った三人のことを思い出す。

 正直、会うまでは不安もあった。どんな人が、仲間として加わることになるのか。特に平民で"びと"の私は、いい扱いは受けないだろうと。


 でも、実際に会った人たちは……みんな、いい人たちだった。

 特に、ガルロ。彼のおかげで、私への風当たりはなくなったも同然だ。


 本人は素直に受け取らないだろうけど。また改めて、お礼でもしないとだよね。


「ふぁ、あ……」


 今日は、いろいろあったせいだろう。ベッドに沈むと、睡魔が襲ってきた。

 もうお風呂にも入ったし。夕食も済ませたし。今日は、このまま寝てしまおう。


 そう考え、私は睡魔に抗うこと無く……目を、閉じた。



――――――



『平民のお前と、世界を救うために召喚された勇者おれ。果たして世間は、どちらを信じるかねぇ?

 それに、お前は"忌み人"ってやつなんだろ? みーんなから嫌われてる、世界のお邪魔虫みたいな存在。そんな奴が、勇者に襲われましたっつって……素直に、信じてもらえると思ってんのかよ!』



 ……あぁ、またあの夢か。

 私が勇者に襲われて、それに抵抗したけど……力では敵わず、そして言葉でも言い伏せられてしまった。


 あのとき私に、もっと力があれば……あんな未来は、防げたのだろうか。



『まさか! 俺がそんなこと、するはずがないだろう! 俺が、嫌がる女の子を無理やり? まさか!

 それにリミャ、俺はキミだけを、愛している! わかっているだろう!?

 あぁ、なんてことだ! 彼女は、少々被害妄想が、激しいようだ!』



 私が、事実を訴えても。誰も信じようとはしなかった。悔しいけれど、勇者の言ったとおりだった。

 それどころか、勇者の言葉により、その場にいた全員が、私を非難するような目を向けてきた。



『俺は気にしてないから、彼女を捕らえるのはやめよう。

 彼女も、少し気持ちが錯乱しただけ……少し時間をおけば、落ち着くはずさ。

 神紋に選ばれた勇者同士、いさかいはなしにしたい。それに、キミが友人を捕らえるところなんて、見たくないしね』



 自分で仕向けておきながら、私を助けてやったというようなあの顔。今思い出しても、腹立たしい。



『俺は、なにもしていないし……キミは、なにもされていない。そうだろう……リィン?』



 そしてなにより、その言葉に従うしかなかった自分自身が、一番腹立たしい。

 それから私は、怒りと憎しみと悔しさに心を蝕まれて……


 ……他に方法が、あったのかもしれない。でも、他の方法を考える余裕なんて、なかった。

 だから、私は……勇者を……!



 ――――――



「……もう、見ないと思ってたのにな」


 私は、目を覚ました。

 あのときの夢だ。しかも、今度は自分があのときの状況を俯瞰しているような、夢。


 ゆっくりと、起き上がる。

 昨日は、勇者パーティー全員と顔合わせをして……食事会をして、それなりに仲を深めた。


 勇者に対する気持ちは、まだ晴れないけど。仲間たちがいれば、もうあんなことは起こらない。あんな思いをすることはない。

 前の時間軸……一度目の人生では掴めなかった人生を、今度こそは精一杯、幸せに生きるんだ。


 そう思いながら、まだ半開きの瞼を指で擦ろうとして……


「……え?」


 自分の手が、血に染まっているのを見た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る