第43話 裸の付き合い
さて。なんにせよ、これで全員の能力が把握できたわけだ。
勇者には、適当に剣技とか魔法とか見せてもらって、みんな納得していた。オールラウンダーなので、ある程度はなんでもできるのだ。
そして王城へと戻り、国王からこれからみんな協力してうんぬんとか、チームワークをなんとかとか、いろいろとお話を頂いたわけで。
「ふはぁ、疲れた」
諸々が終わった時には、すっかり外が暗くなり始めている頃だった。
なので私は、お風呂をいただくことにする。広いお風呂は、この王城に来てよかったと思える数少ない点だ。
お風呂っていうかもう大浴場だよねー。
普段は、城に住んでいる人……たとえばメイドたちが使用するので、広い空間でもそれなりに人はいる。
だけど、
いやぁ、最高だ……
「ふはぁ、生き返るぅ……」
「ふふ、それはよかったですわ」
「んー……っ、お、王女……様……」
かぽん、と広い湯に浸かって、極楽極楽とリラックスしていたところに……私のものではない声が、聞こえた。
この空間には、私以外には誰もいないはずだ。なのに、なんで……
王女が、ここにいるんだ?
いつもは、王女とは時間をずらして、お風呂に入っていた。
「申し訳ありません、リラックス中のところ」
「いえ、全然」
これは……困ったな。これまで王女と、一緒にお風呂に入ったことなんてない。
そもそも王女と二人きりという空間が、あまりないのだ。いつもは、王女にはお付きのメイドフェーゼが側にいる。
そのフェーゼも、どうやらお風呂場までは一緒ではないらしい。
もしくは、今日この時に限って、フェーゼには遠慮してもらったか……もしそうなら、大迷惑だ。
フェーゼは、元々あまり喋る方ではない。
それでも、王女と一緒の空間に第三者がいるのといないのとでは、大違いなのだ。
「私も、ご一緒してもよろしいですか」
「えぇ、もちろん」
なにがご一緒してもだ。もうお風呂に入ってきてるんだから、嫌ですとは言えない。
これまでも誘われる機会がなかっただけで、誘われたら嫌とは言えなかっただろうが。
王女はにこやかに微笑むと、まずは身体を洗う。
お湯で身体を流し、タオルにボディソープをつけ、泡立て……泡立てたタオルで、身体を擦っていく。
すでに身体を洗った私は、王女が身体を洗った姿を見ているばかりだ。
……やっぱり、いい身体してるなあ。
「? どうかしました?」
「いえ、なんでもないです」
身体と頭を洗っていく王女。
白い肌に、程よい膨らみときゅっとしているおしり。ウエストは引き締まっていて、同じ女として羨ましく感じる。
まったく……勇者はこんないい身体が側にあるのに、どうして私なんかを襲ってきたのか。
「し、失礼しまぁす。すみません、服を脱ぐのに手間取って」
「……山が二つある」
「はい?」
続いて、また別の声が風呂場に響いた。
姿を見せたのは、ミルフィアだ。彼女もまた、女性らしい身体つきをしているが……
その中でも一部が、とても大きかった。
昼間の服では、ここまで大きくなかったような……これが、着痩せするってやつか。
「リミャ様、隣失礼しますね」
「はい、どうぞ」
美女二人が並んで身体を洗い流している姿は、なんというか……絵になるなぁ。
「ミルフィア、あなたも気をつけなよ」
「?」
こんな、男なら悩殺間違い無しの身体をしていたら。あの勇者に襲われてしまいかねない。
二度目の人生では、まず第一に私自身の幸せを考えて行動することにしている。
そのため、私以外の人間が、勇者に襲われたりしても、まあ放っておいてもいいかなと思っていたんだけど……
ミルフィアは掴み所がないけどいい人だし、放ってはおけない。
「はぁ、気持ちいいわ……」
「これがお城のお風呂……最高ですね。リミャ様はいつもこんなお風呂に入ってるんですか」
「えぇー、まあそうなるわね」
「……」
……結局、身体を洗い流した二人は、私を挟むように隣に座った。
三人で並んで、湯船に浸かっている。
リラックスのために自然とため息が漏れる。肩の力を抜き、隅々まで心地良い感覚に溺れてしまいそうになる。
けど……
(なんだ、この空間……)
どうして私は、ミルフィアはともかく王女とも同じ湯に浸かっているのだろう。
王女もあれから、なにも話さないし。
……まあ、ミルフィアもいてくれてよかった。
察するに、勇者パーティー女メンバーだけで、裸の付き合いをしようって感じだろう。
そう考えて、一番いいと考えられるのが、お風呂だったってわけだ。
「はぁ……気持ちいい……」
「ですね……」
「んぅ……」
それからは、特に誰がなにかを話すことはなく。のんびりとした時間を過ごしていた。
お風呂の中であれこれ聞かれたら、逃げ道がない。だから、正直助かった。
なにも話はしなかったけど、なんとなく、親睦が深まったような気がした。
そんな、平和な時間だった。
「あの、リィンさん」
「……なんですか?」
とはいえ、ずっと静かな時間が続くはずもなく。
風呂場に響く王女の声に、私は反応するしかなかった。
ちらりと、隣の王女を見た。
「あなた……勇者様のこと、どう思っていますか?」
そう、問いかけてきた王女の顔は……ほんのりと、赤く染まっていた。
のぼせている……というわけでは、なさそうだ。
それにしても、勇者をどう思っているか、か。それって、人としてって意味じゃないよな。
異性として……彼女は、私が勇者のことを男として見ているのか、気になっているのだ。
まさか、こんなところでこんなことを聞かれるとは。
……まあ、あやふやな勘違いをさせたまま常に睨まれているよりは、ストレートにぶつけてきたほうがよかったのかもしれない。
「人として、尊敬はしています。勇者様として、信頼もしています」
これは嘘だ。尊敬も信頼もしているもんか。
「けれど、男性としては……
もちろん、素敵な男性だとは思います。ですが、私は勇者様を、そういう対象として見てはいません」
これは半分嘘で、半分本当。
素敵な男性だなんて、少なくともこの時間軸で思ったことはない。
勇者のことは男として見ていない。これは本当。むしろ、勇者を男としてみるだなんて身の毛がよだつ。
さすがにそこまでは、言わないけれど。
「……そう」
私の言葉を聞いた王女は、あからさまにほっとした顔をしていた。わかりやすい人だな。
なんなら、ダメ押しの言葉でもかけておくか。
「勇者様には、王女様のような知的で素敵なお方が、よくお似合いだと思います」
「! ま、まあっ、知的で素敵だなんてっ」
私の表面上の褒め言葉に、王女は両頬に手を当て、照れているようだった。
知的で素敵、か。我ながら、なんて薄っぺらなセリフを吐くのだろう。
まあ、あの勇者とお似合いだと思っているのは、本当だ。あのバカとこのバカ、バカ同士末永く暮らしてほしい。
そのためには、このバカにあのバカを夢中にさせておいてもらわないと。
もう、私やミルフィアに迫ることがないように。
「嬉しいですわ。リィンさんのような素敵な方に、そのように言ってもらえて」
……私が素敵?
内心では、"
心にもないことを、こんなにも本心から述べているような笑顔で話せるなんて。
これは、一種の才能なのかもしれない。
「光栄です、王女様」
「ふふっ。勇者様は渡せませんが、あなたにもきっと、お似合いの素敵な殿方が現れますわよ」
私も、笑顔を貼り付ける。
多分二人とも、本心から笑っていない。多分っていうか絶対に。
私にお似合いの素敵な殿方、ね。私にお似合いって、それって"忌み人"にお似合いのって意味なのかな?
それとも、本当に言葉通りに受け取ればいいのか。判断が、つかないな。
「うふふふ」
「あははは」
私と王女の、笑い声が風呂場に響いた。
この場で、表面的にはお互いの距離は、縮まったのだ。
中身はまったく、近づいてもいないけどね。
「はぁ、まったりぃ」
そんで、この魔法使いは最後まで、一人でリラックスしているだけだったな。
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