第36話 濃いメンバー



 勇者パーティー、弓使いのナタリ・カルスタンド。彼は、私のことを色眼鏡で見ることはない。

 良くも悪くも真面目な彼は、私にとって信用できそうだと感じる人物だった。


 それに対して、なぜか勇者が不満そうなのが、気になったけど。


「俺のことも、名前で呼んでくれよ。それに、敬語はなしで」


「あははは、寝言を言うにはまだ早いですよ」


「辛辣!?」


 おっと、思わず辛口な言葉が出てしまった。

 とはいえ、私は勇者のことを名前で呼ぶつもりはない。前の時間軸と今回とは違うとはいえ、彼のことは嫌いだし……


 そもそもの問題、王女の前で勇者を、親しげに呼べるわけがないだろう。

 そんなことをしたら、どうなるかわかったもんじゃない。


「俺は、みんなから勇者様って呼ばれて……なんていうか、距離を感じるんだよな。一人くらい、気軽に話せる相手がほしい」


「……」


 なるほど、能天気に見えて、勇者にも悩みもあるのか。

 たしかに、周囲の人はみんな、勇者様勇者様って呼んでるもんな。一番距離が近そうな王女でさえ。


 まあ、もしかしたら勇者が王女のことをプライベートで名前で呼ぶように、王女も勇者のことを名前で呼んでいるかもしれないけど。


「私じゃなくてもいいでしょう」


「リィンとは、似た境遇だからさ。仲良くしたい」


 異世界から召喚された勇者、カロ村から出たことのなかった私。

 この世界では珍しい髪の色……似た境遇といえば、そうかもしれないけど。


 正直、反吐が出るよ。


「同じパーティーの仲間として、それなりに親しくはさせてもらいますよ。でも、勇者様と個人的に親しくするのは、ご遠慮させてください。王女様に恨まれたくありませんから」


「それは、どういう……」


「ほら、あちらで王女様が、呼んでいますよ」


 勇者とは、ある程度以上仲を深めるつもりはない。私は、勇者に背を向ける。

 悪いけど、私はまだ勇者のことを警戒している。私を襲って、保身のために私にすべてをなすりつけたあの行動を、顔を、忘れることは出来ない。


 とりあえず、勇者とは距離を取ろう。


「あ……」


「はむはむはむ」


 適当に歩いていると、ある人物が目に入る。

 テーブルに並べられた料理……スパゲッティを、一心に食している女性だ。


 彼女はじゅるじゅると麺をすすり、両方の頬をいっぱいにふくらませていた。

 まるで、小動物だ。


「ふぉ!」


「……」


 私の視線に気付いたのか、その人物は私を見て肩を震わせ、一瞬動きを止める。

 それから、じゅるるっと麺を一気にすすっていく。


 途中、喉に詰まらないか心配したけど、そのようなことはなく、すべて食す。

 皿の上は、空になっていた。


「んぐっ……んぐっ……」


「あ、あの、急いで食べなくても、大丈夫ですから。ゆっくり」


「んんぐ!」


 こくり、とうなずいてから、彼女……魔法使いのミルフィア・オルトスは、ゆっくりと口の中をもぐもぐしていた。

 それからたっぷりの時間を使って、口の中のものを飲みこんだ。


「あの、お水……」


「あ、ありあと……ん、ぐっ……ぐっ……ぷ、はぁ!」


 私が渡した水を渡し、それを一気に飲み干した。

 グラスをがん、とテーブルに置き、息荒く肩を上下させていた。


 ただ料理を食べていただけなのに、まるで運動してきた後みたいだ。


「っはぁ、すっきりした。ありがとうね」


「あ、いえ」


 にこりと微笑む彼女は、なんというか笑顔がまぶしい。

 さっきまで、おどおどしていたように見えたのに……あれは、なんだったのだろう。


 なんだろう……彼女の笑顔と、濃いめのオレンジ色の髪を見ていたら、カロ村のシーミャンを、思い出すな。


「えっと、確か……リンちゃんだっけ」


「リィンです」


「あはは、そうだったそうだった。ごめんねぇ」


 なんだこの人。

 あんまり、つかみどころのない人だな。


 この人が、神紋しんもんの勇者に選ばれるほど、凄腕の魔法使いなのか……


「さっきは災難だったね。あの人、怖いよねぇ。わたし、苦手」


 私に顔を近づけ、声を押し殺す魔法使い。

 彼女の言う、さっきとは……場の空気がおかしくなった、あのやり取りだろう。


 そして、あの人とは、武闘家の……


「でも、ミルフィア様だってかなり大胆な方ではないですか」


「わたし?」


「私が、チンピ……ガルロ様に、"びと"だと言われ、それを勇者様が庇ってくださったとき。

 場が一触即発だったのに、その空気を変えてくださいました」


 あのときは、私も驚いたものだ。

 まさかあの空気を、それまで静観していた第三者が、変えてしまうとは。


 まあ結局は、その後また険悪な空気になってしまったわけだけど。


「あのときは、お腹減ってて早くご飯が食べたかったからね。無駄な争いは好まない主義なので」


「は、はぁ」


 てへへ、と笑う魔法使い。

 その言葉に裏は、ないように見える。ナタリとはまた違った意味で、素直だということか。


 それにしたって、お腹減っただけであの空気に突っ込むとは……ただ者では、ないな。


「あのつんつん頭、"忌み人"って、突っかかって来たけど……気にしちゃダメだからね。

 わたしは、リンちゃんを応援してるからね」


「あ、ありがとうございます。でも私、リィン……」


「わたしのことも、気軽にミルフィア……ううん、ミルちゃんでいいから。あと、もっとフレンドリーに話そうよ。

 じゃあ、わたしあっちの料理も食べてくるから」


「あ……」


 なんて、マイペースなんだろう……私の話を聞かないという点だけで見れば、王女に似通うところがある。

 でも多分あれは、私限定じゃない。誰にでもだ。


 くそ真面目な弓使い、ナタリ・カルスタンド。マイペースな魔法使い、ミルフィア・オルトス。

 新しく増えたメンバーは、少し話しただけで濃いなとわかる、人たちだった。


 だけど……一番濃いのは、あの二人ではない。


「さて、どこに……」


 私は今度は、目的を持って歩みを進める。ある人物と会うために。

 そして、見つけた。ただ一人、バイキング形式の料理にありついている男が。


 彼の周りには、誰も居ない。あちこちに移動しているから、人が着いてこないだけか……人が、寄ってこないのか。

 先ほどのやり取りを想えば、恐らく後者だろうなというのは、わかった。


 ……チンピラ武闘家、ガルロ・ロロリアス。

 彼の下へ、私は歩みを進めた。

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