第37話 悪者



『なんで、"びと"がこんなとこいんだよ。気持ち悪い』


『言っとくぞ。一生懸命頑張る、なんてこたぁ、誰でもできるんだよ。俺が期待してるのはそんなことじゃねえ……わかんだろ?』



 ……初対面で、散々なことを言われたものだ。

 自分が"忌み人"だから、いろいろな陰口をたたかれてきた。その中には当然、あの男が言ったものよりひどいものもあった。


 ただ、こうも真正面から、悪意に満ちた言葉をぶつけられたのは、初めてだった。


「ごきげんよう、ガルロ・ロロリアス様」


「あぁ?」


 私は、彼の前に立ち……お辞儀をした。


「なんだ、"忌み人"かよ。なんか用か」


 頭を下げる私に浴びせられる、刺々しい言葉。

 それは、悪意に満ちた言葉だった。


 だけど……思い返せばそれは、たしかに悪意に満ちた言葉ではあったけれど。

 悪意を感じる言葉では、なかったのではないか。


「せっかくなので、少しお話をと思いまして」


「さっき俺にあんなこと言われて、よくも一人で話に来たもんだ。勇者様に守ってもらわなくていいのかよ?」


 鋭い眼光が、私を見ていた。

 正直、怖い。怖いけど、それは本気で私を、にらみつけている目ではない。私に悪意を持っている目では、ない。


 私は、知っている。本当の悪意を。

 私は勇者殺しの罪を抱いて、人々から悪意を浴びせられた。あれに比べたら、この人の目なんて、怖くもなんともない。


「……私、あんなふうに人から、直接髪のことを言われたのは、初めてなんです」


「あん?」


 なんの話だ、と言わんばかりに、ガルロは首を傾げた。

 これは、半分本当で半分嘘だ。私は、この髪のことを陰口で散々、言われた。


 だけど、直接あんなふうに、言われたことはない。少なくとも、勇者殺しの罪を抱くまでは。

 私の罪が明かされ、人々から悪意を向けられた。そのときに、髪のことも言われた。


 そこで、わかったのは……普通は、髪のことをよく思っていなくても、口には直接的には出さないということだ。


「先ほどガルロ様は私の髪を見て、気持ち悪いと言いました。あんなことを面と向かって言われる経験は、なかったんです」


「そうかよ。だから、その文句を言いにきたってのか? んなこと言われる筋合いはねえって」


「文句、というか。もし本当に、そう思われていたら、一つ言ってやりたいことはありますが……

 あれ、わざとですよね?」


「……」


 ガルロを見上げる。

 ガルロはじっと、私を見ていた。まるで、獲物を品定めしているかのよう。


 怖いけど、それは見せかけだ。本当の悪意は感じられない。

 だから私は、自分の考えを口にする。


「あのときガルロ様は、私の髪の色を指摘して、私をひどく罵倒したように感じられました」


「感じたもなにも、などの事実だろうが。平民の"忌み人"に、ちょっと噛みついてみただけだ。そしたら勇者が反応するのが、面白くてなぁ」


「だから、でしょう。ガルロ様が私を悪く言って、勇者様が私をかばう。すると、他の方の気持ちが傾きます。

 得体のしれない、嫌悪すべき存在の"忌み人"から……かわいそうな、同情すべき女の子へ」


 あのときガルロが行ったことは、おそらく……印象操作だ。

 誰もが、"忌み人"を前にして嫌悪感を抱く。だからこそ、誰がなにを言っても言い返す人などいない……


 この世界の人間ではない、勇者以外は。


 勇者が私をかばえば、これまで私に向いていた負の感情が、変わってくる。ガルロの厳しい言葉に、『そこまで言わなくても』と……同情的な心が、生まれてくる。


「つまり……俺が自分を悪者にして、てめえに向けられる悪感情を俺に向けるよう仕向けた、ってことか?」


「そういうことです」


 私に厳しい言葉を浴びせたガルロは、私が同情される代わりにガルロ自身が、周囲からの反感を買う。

 結果として、私は周囲に囲われ、ガルロは周囲から嫌われるということ。


「はっ、おもしれえ推理だな。だとしたら、なんで俺は初対面の、見ず知らずの女のために、体を張らなきゃならないんだ?」


「それは……わからないです」


 ただ、この推理には大きな穴がある。

 ガルロが、私に対してここまでしてくれる、その理由がわからないことだ。


 自分が嫌われ者になってまで、私を助けてくれる。

 たとえ面識がある相手にだって、そんなことなかなかできやしないだろう。


 それなのに、この人はどうして……


「はっ、わからねえのか。なら、てめえの推理も的外れってこった」


「……かも、しれません。でも、もし今私が言ったことが、まったくの的外れだったとしても……実際に、周囲の私への当たりが軽くなったのは、確かです」


 私の推理が間違っていたとしても。

 ナタリも、ミルフィアも。他のメイドたちや、王女でさえ、私に対して同情的な心を向けてくれている。


 私が、"忌み人"であるからといって……誰も、突っかかってこないように。


「なので、お礼を言いたくて。あなたのおかげで、私への風当たりが、よくなりました。ありがとうございました」


「……変な女だな。自分を罵倒した相手に、例を言うなんざ」


 私は、じっとガルロの顔を見つめた。

 ガルロは、私から視線をそらしていた。


 彼が、なにを考えているのかわからない。たしかに、彼の言うように、自分を悪く言った相手にお礼を言うなんて……

 どうかしているのかも、しれない。


 でも……どうしても、伝えたかったんだ。

 心苦しいのは、私の代わりに彼が、みんなから悪い目で見られてしまうということだ。


 ただ、それを解消できる方法は、私にはない。


「いろいろと話しましたが、これだけ伝えたかったんです。では……」


 顔をそらしたままの彼に言葉をかけ、私は彼に背を向けた。

 これまでに、会ったことのないタイプの男だ。見た目も口調も悪いのに、実際は人のことを思いやってやれる優しい人だ。


 それを知っているのが、私だけというのも……なんだか、くすぐったい。


「……俺には、幼なじみがいたんだ」


 足を、進めようとして……黙ったままだったガルロから、声がかけられた。

 それは、私に向けてのものだったのか、それともひとりごとのつもりだったのか……


 いずれにしろ、聞こえてしまったからには足を止めるしか、なかった。


「俺より一つか二つ、年が下の女でな……

 そいつの髪の色は、紫色だった」


 私はいつの間にか振り返り……ガルロの話に、聞き入っていた。

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