第35話 同情的な流れ



「さあ、神紋しんもんの勇者たちよ。今日は祝いの日、存分に楽しむがいい」


 六人それぞれの自己紹介も終わり、次に始まるのは食事会だ。

 これまでも、お城で出される料理は私にとっては考えられないような、豪華なものだった。


 だけど、今回の料理はよりいっそう、気合が入っている。

 国王が、私たちの親交会も兼ねて用意してくれた場だ。


 ……ただ、場の空気はあまりよろしくはない。それも、さっきまでの流れを思い返せば、当然ではあるけれど。


「おほっ、めちゃくちゃ豪華じゃねえか! さっすが王族、いいもん食ってんねぇ!」


 その原因の一人と言える、武闘家ガルロ・ロロリアスは、バイキング形式の料理を片っ端から皿に盛っている。

 チンピラのような見た目と言動だけど、その行動は子供のようだ。


「んっ、んめぇ! ったく、民の税金むしりとって、自分たちはこんないいもん食べてるとか。王族様様ってやつだな!」


 肉にかぶりついている、ガルロ……その言葉は、やっぱり子供っぽくはなかった。

 しかも、本人に場の空気を悪くしてやろうという気はないらしいのが、また質が悪い。


「わ、わたしも……」


 おいしそうに料理を食べるガルロの姿に、我慢できなくなったのか、魔法使いミルフィア・オルトスも食事を始める。

 私たちも、突っ立っていても仕方ないので、食事を開始する。


 肉、魚、野菜……バイキング形式なので、好きなものを好きなだけ、食べることができる。

 はぁ……王族は嫌いだけど、この瞬間だけはここにいてよかったって思うよ。


「失礼。リィン、だったか」


「んむ」


 もやしを、もしゃもしゃと口に含んでいたところ、声をかけられる。

 横を見ると、そこにいたのは弓使いのナタリ・カルスタンドだった。


 あたりをキョロキョロしても、他に人は見当たらない。私に話しかけているのだ。

 私は急いで、もやしを飲みこむ。


「んぐっ。……はい。あなたは、ナタリ・カルスタンド様……でしたよね」


「よしてくれ、様なんて。これから命を預け合う仲なんだ、貴族も平民も、関係ない。ナタリでいい。敬語もなしで頼む」


 彼は、仲間として対等に話すことを望んでいる。

 ならば私も、それに応えるのが……仲間というものだろう。


「じゃあ、ナタリで」


「あぁ、その方が好ましい。

 ……それと、さっきはすまなかったな。あのバカが」


 名前で呼び合うようになったところで、ナタリが軽く頭を下げた。

 その行動に、私は驚いた。初対面の貴族に、頭を下げられる覚えなんて、ないんだけど。


「な、なんで突然頭なんて……それに、あのバカって……」


 彼の言う、あのバカとは。

 考えられるのは、一人だ。


「あぁ。あの、ガルロ・ロロリアスだ。キミにずいぶん、暴言を吐いていた」


「それは……まあ、なんと言いますか。

 ……わざわざ謝るってことは、ナタリは、彼の知り合いなの?」


「いいや、この国に来る過程で出会った。だが、ここに来るまでの間も、あの無礼な態度にはうんざりしていてな」


 彼が謝ったのは、ガルロの行いで私が不快な思いをしてしまったかもしれないから。

 でも、ガルロはナタリの知り合いではない。なのに、わざわざ謝るなんて……


 やっぱり、思った通りに真面目なんだなぁ。


「ナタリが謝ることは、ないのに」


「同じ勇者パーティーのメンバーとして。それに、曲がりなりにも同じ貴族として……ということだ」


「はは。でも私、"びと"だから、いろいろ言われるのは慣れてるし」


「いや、勇者様の言っていた通りだ。髪の色が違うだけで、そんなにも悲しい思いをするなど……!

 自分の周りには、髪の色が紫色の者はいなかった。だが、周囲の反応を見て、自分も"忌み人"に対して、偏見を持っていた。……恥ずかしい限りだ。こうして会って、普通の人間であることがわかった」


 ……この人は、多分裏表がない。なんでかはわからないけど、わかるんだ。

 そんな人に、こんなことを言われたら……思わず、信じてしまいたくなる。


 "忌み人"への、周囲の反応。それを知って、自分も同じように思ってしまうのは、仕方ないのかもしれない。

 だけどこの人は、その後……ちゃんと、私という個人を見て、反応してくれた。


 誰もができそうでできないことを、この人は……


「……ありがとう」


 そのお礼は、私の口から自然に出ていた。

 不思議と、心があたたかくなるのを感じた。


 私が、"忌み人"だと知って……私への扱いを知って、彼は私への接し方を選んでくれた。

 もし、"忌み人"への偏見を持ったままだったら、彼の私に対する態度も、もっときつくなっていたかもしれない。


「……あれ?」


 そこまで考えて、私は一つの可能性に気がついた。

 今のは、私への……いわば、同情的な流れだ。私への扱いを見て、それに同情してくれた。同情する流れができあがっていた。


 その流れが……できあがったのではなく、作られたものだったとしたら?


「では、自分は国王様に改めて挨拶をしてくる」


「あ、うん」


 そうやって考えているうちにも、ナタリは言ってしまう。

 手にグラスを持ち、その足で国王の所へ。


 その背中を、見送っていると……


「ずいぶん、楽しそうだったじゃないか」


「! 勇者様」


 いつの間にそこにいたのか、勇者が話しかけてきた。

 気配を消していたのか……いや、ただ私が気が付かなかっただけか。


 それにしたって、心臓に悪い。


「それは、まあそうですね。仲良くできそうだと思います」


「しかも、名前で呼んでた。俺のことは、勇者様呼びなのに。敬語のままだし、様も外してくれないのに」


「あははは」


 なんだこいつ、酔っぱらってるのか? 会場にはジュースも、お酒もある。


 私がナタリのことを名前で呼んで、勇者と王女のことは素っ気なくしか呼ばないのは……

 改めて考えるまでもないけど、二人のことが嫌いだからだ。ナタリは、前の時間軸の私とかかわりがないから嫌いようがないし。


 それに、話していていい人だというのが、わかったしね。

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