第34話 六人の神紋の勇者



 私を見て、チンピラは吐き捨てるように言った。

 私は、一応笑顔を浮かべたまま、成り行きを見守っていたけど……ちょっと、表情筋が震えてきた。


「おい! お前、なんてことを言うんだ!」


 だけど、チンピラの言葉に反応したのは……勇者だった。

 彼は、私を背に庇うようにして、チンピラを睨みつける。


「あぁ? なんだてめえ。俺はそこの"びと"に言ったんだが……なんで関係ねえてめえがしゃしゃり出てくるんだ?」


「関係なくはない。仲間を侮辱されては、黙っていられない!」


「仲間ぁ……?」


 にらみを効かせる、勇者とチンピラ。

 チンピラの言い方が悪かったとはいえ、いきなり勇者とチンピラの関係がこじれつつあるのは、私の話題になったからだ。


 ちょっと、責任を感じるような……


「あの……」


 いったい、どう状況を収集させるべきか。そう、考えていたところへ……

 ここまで、まったくしゃべってこなかった人物が声を上げ、恐る恐ると言った様子で、手を上げていた。


 こ、この空気に自ら割り込むなんて……落ち着きの見えない見た目に反して、勇気あるなぁ。

 残る、最後の一人……神紋しんもんの勇者、魔法使い!


「い、いいですか? まだわたしだけ、じ、自己紹介して、いないので」


「え? あ、あぁ……どうぞ」


 それは、誰に向けられた言葉だったのか……ただ、応えた国王が目を丸くしていたのが、面白かった。

 勇者もチンピラも、状況の変化に頭がついていかないのか、黙ったまま……彼女を見ていた。


そして、彼女はしゃべりだす。


「み、ミルフィア・オルトスです。よ、よろしくお願いします」


「う、うむ」


 静かな口調で、堂々と……というべきか。それとも、自信がなさげにというべきか。

 彼女は、自分の名前を名乗った。


 その、まるで毒気が抜かれるような自己紹介に、チンピラは「ちっ」と舌打ちをぢて、一歩下がった。

 勇者もまた、矛先を失ってしまったようだ。


 とにもかくにも、これで神紋の勇者残る三人の、自己紹介が終わったということだ。


「では、こちらも紹介せねばな。みな」


「えぇ。ロベルナ王国王女、リミャ・ルドルナ・ロベルナです。女賢者です」


「へー、かなりの別嬪じゃねえか。おいどうだ、今夜俺と一杯よ」


「おいっ」


 王女は、さすがの所作で挨拶をする。スカートの端を持ち、軽いお辞儀。

 それを見て、下品な笑いを浮かべるチンピラ。それを、真面目くんが諫める。


 ……不安なメンバーでしかない。


「異世界から来た、カズマサ・タカノだ。よろしく」


「てめえが勇者ねぇ……お、ってことはそっちの"忌み人"もメンバーの一員かよ。仲間っつってたもんな」


「お前、少し黙れっ」


 なんか、あのチンピラのせいで、余計な注目を浴びているような気がする……こんな真っ直ぐ言ってくる人、いなかったもんなぁ。

 ……いや、いいや。なんか、陰口言われることに比べたら、全然マシだ。


「私は、リィンと言います。平民で、"忌み人"ですが……猛獣使いとして、選ばれました。皆さんの足を引っ張らないよう、一生懸命頑張ります」


 せめて、私個人の印象をよくしないと。

 王女を倣うのは癪だけど、私もスカートの端を持ち上げ、お辞儀をする。うぅ、なんか周囲の視線を見るのが怖い。


 沈黙の空間……だったはずだけど、コツコツ、と靴の音が響いた。

 その足音は、私の前で止まる。恐る恐る、私は視線を上げて……


「!」


 目の前にいたチンピラ、ガルロ・ロロリアの姿に、声が出てしまいそうになる。

 いや、驚き過ぎたおかげで、逆に声は出なかった。


 元々、彼の背は私より高い。その上、私はお辞儀している形なので、余計に彼を見上げる形だ。

 鋭い眼光が、私を見下ろしていた。


「あ、の……?」


「言っとくぞ。一生懸命頑張る、なんてこたぁ、誰でもできるんだよ。俺が期待してるのはそんなことじゃねえ……わかんだろ?」


 男は、私に顔を近づける。視界に、彼の顔がいっぱいに映し出される。

 異性と、こんなにも顔が近い……なのに、こんなにもドキドキしないなんて。


 ……あぁ、いや、ドキドキはしている。

 まるで、獲物を狙う狩人のように鋭い視線に……私の中で、恐怖の感情が膨れ上がっていったのを、感じたからだ。


 こんな感情、前の時間軸の記憶以外で、感じることになるなんて……


「おい、いい加減にしろ!」


 男の顔が、離れる。いや、離される。

 男を私から引きはがしたのは、勇者。それに、真面目くんだった。


「さっきから聞いていれば、リィンに対してなんだその言い方は! "忌み人"だからって、ただ髪の色が違うだけで、そこまで言うことはないだろう!」


「あぁ? なんだ、勇者じゃなくて正義の味方気取りかぁ?」


「このっ……」


「国王様。この者は、我々勇者パーティーのメンバーにふさわしくありません」


「ん……しかしだなぁ」


 勇者が、そして真面目くんが、国王に物申している。

 その間、チンピラはなにも話すことはなく……私を、見ていた。


 そんな私に寄り添うように、王女と、いつの間にか魔法使いがいた。

 勇者パーティーのメンバーに選ばれるには、本人の性格や立場などは関係ない。世界を救う、資質のみが重要視される。


 ここに揃った、世界を救う六人の神紋の勇者。

 "異世界の勇者" カズマサ・タカノ

 "女賢者" リミャ・ルドルナ・ロベルナ

 "弓使い" ナタリ・カルスタンド

 "武闘家" ガルロ・ロロリアス

 "魔法使い" ミルフィア・オルトス

 そして私……"猛獣使い" リィン


 これで、魔王を討つための旅に出発するメンバーは、揃った。

 だけど、魔王を倒すには、魔族と戦うには、個人の力では限界がある。パーティーメンバーなのだ、それぞれの力を合わせる必要が、ある。


 要は、チームワークだ。

 だけど……果たして、このパーティーメンバーに、チームワークなんてものは、存在するのだろうか。


 私には、不安しか感じられない。

 いや、きっと私だけじゃ、ないよな……

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