第32話 ついに揃う



 国王及び王女らが、国に帰ってきた。その日の午後。

 国王たちの帰還に慌ただしくなっていた城内は、落ち着きを見せることはなく、執事もメイドもあちこちと動いていた。


 私たちも、稽古を切り上げて準備に取りかかる。

 まあ準備とはいっても、私と勇者は『彼ら』を迎えるだけなので、ちょっとした正装に着替えるだけだ。


「……はぁ。なんか緊張してきた」


 部屋で、メイドに着替えを手伝ってもらいつつ、私は小さくため息を漏らした。

 城の中がこんなにも慌ただしくなっている理由。それは、これから来る人たちを迎えるための準備に追われているからだ。


 元々、今日来ることはわかっていたのだから、すでに準備は進められていた。

 それでも、国王や王女が不在だった間のことだ。ちゃんと、確認作業も行いながら、最終チェックをしていく。


「そこまで緊張することはありませんよ。今から来られる方々も、リィン様と同じく神紋しんもんの勇者様なのですから」


 私の着替えを手伝ってくれているメイドが、言う。

 私を落ち着かせようとしてくれているのか……それが仕事とはいえ、"びと"の私にこんな言葉遣いなんて、したくないだろうに。


 そう、彼女の言うように、これから来るのは神紋の勇者。……私と同じ立場にある、この世界を救う役目を担った人たちだ。

 勇者パーティーとして、命を預け合う仲になるわけだ。


「でも私は、平民ですよ」


「そのようなこと。誰も気にする方は、いませんよ」


「この髪の色でも?」


「……えぇ、もちろんです」


 ……表情は崩さないけど、今間があったなこのメイド……まあいいけど。

 私は、前の時間軸でこんな人がいたかは覚えてないけど……王女があれなんだ。私が神紋の勇者だから敬っているだけで、実際は見下しているのだろう。


 それを態度に出さないどころか、悟らせない辺りプロだなって思うけど。


「はい、できました。とてもお似合いですよ」


「……どうも」


 私が着せられたのは、言うならドレスだ。ただ、パーティーに出るような、かしこまったものではない。

 派手さは抑えめだけど、それでも正式な場に出るには恥ずかしくないような装い。


 ……前の時間軸含めて、こんな服着たことなかった。

 髪も、後ろで結んでいるし……なんだか、自分が自分じゃないみたいだ。


「ありがとうございます」


「いいえ。では、行きましょうか」


 メイドに先行され、私は部屋を出る。

 同じ勇者パーティーの仲間に、こんなにかしこまる必要があるのかとも思うけど……まあ、こういうのは最初が肝心だもんな。


 私の場合、髪の色がこうだから……少しでも、初対面で好印象を与えておきたい。

 ただでさえ、初めて会う相手なのだ。見た目も、性格もわからない。相手のことも、自分のこともね。


 あと、全員が集まる場なので軽い食事会もするらしい。まあパーティーだ。ドレスはそのためだ。

 お腹減った。


 しばらく歩いて、王の間へと通される。

 いつ見ても、あきれるくらい豪華だな。偉い人って、なんでこんなキラキラしたのが好きなんだろうか。

 カロ村の村長は、私たちと同じような家に住んでいたけど。


「お、リィン! 見違えたよ!」


 部屋に入っていった私に駆け寄ってくるのは、勇者だ。

 黒いスーツを着ていて、髪もセットしている。一瞬、見とれてしまった自分を殴りたい。


 私は、笑顔を貼り付ける。


「勇者様も、よくお似合いですよ」


「えぇ本当に。元からある威光が、さらに輝いているようです」


 私と勇者の間に、王女が割って入ってくる。

 王女も、高価そうなドレスを着ている。素材がいいので、その美しさがより際立っている。


 しかし……私に対して、なにを考えているのか。

 そんな目で見ないでよ。心配しなくても、勇者は取りませんよ。


「集まったな。たった今、残る三名が国の門をくぐったと報告を受けたところだ」


 国王が、言う。

 つまり、いよいよってことだ。


 この緊張感は、前の時間軸で王女や勇者に会った時と、似ている。

 初対面の相手に会うことに緊張しているのか、それとも相手が偉大な存在だから臆しているのか。


 どっちにしても、緊張していることに変わりはない……か。


「国王様、神紋の勇者様方が、城の門をくぐったとのことです」


「そうか」


 どんな人が来るんだろう、とか妙に緊張感のない勇者の言葉を聞いている間にも、時間は過ぎていく。

 "神聖の儀"により選ばれた、神紋の勇者。それがどんな人物なのか、会ってみるまでは分からない。


 選ばれるのは、あくまでも世界を救う適性のある人物。

 それがどんな人物なのか……性格も、身分も、なにも関係ない。


 でなければ、私なんかが選ばれるわけがない。平民で、"忌み人"の私が。

 こんな私でも、世界を救えるのだと、そう思わせてくれたことにだけは、感謝しているけど。



 コンコン



「国王様。神紋の勇者様方が、ご到着いたしました」


「うむ、入れ」


 扉の外から、兵士の声。それに応える国王は、実に堂々とした姿だ。

 さすがは、一国の王ってところか。そんな国王も、私が勇者を殺したって時には、怒りと失望とをあらわにしていたけど。


 国王の言葉を受け、扉がゆっくりと開く。

 相当大きな扉なので、大人二人がそれぞれ片側から扉を押さないと、開かないくらいだ。


 その扉が、音を立ててゆっくりと開いていき……向こう側にいた人物たちが、部屋の中へと足を踏み入れてきた。

 さて、いよいよだ。

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