第31話 帰還



 隣国へと足を運んでいた、国王と王女。彼らが、ついに帰ってきた。

 メイドや執事たちに出迎えられ、二人は馬車から降りてくる。その後ろからは、王女のお付きのメイドであるフェーゼも。


 そして、それを迎える勇者に……王女は、勢いよく抱きついた。


「勇者様、お会いしたかったですわ!」


「あぁ、俺もだよリミャ」


 想い合っている二人が遠くの地へと離され、日をおいて待ちに待った再会……

 それ自体は、なんとも感動的なものなんだろうけど……


 正直、それを見ていても感動するどころか、反吐が出そうになった。


「リィンさんも、お会いしたかったです」


「はい、私もです」


 王女に話しかけられ、とっさに笑顔を貼り付ける。

 自分も会いたかったなどと、よくもまあそんな嘘がペラヘラと出てくるものだ。


 私が勇者に襲われるという事件は、この時間軸では起きていない。なのでつまり、すでにこれから起こりうることは分岐している、と言える。

 これまでは、私はなるべく前の時間軸の行動を取るようにしてきた。


 けれど、ここからは未知の経験。うまくできるかはわからないけど、それでもやるしかない。


「国王様、お疲れ様でした」


「うむ」


 あっちでは、メイドが国王を労っている。

 これから、政治的な話でもするのだろう……そのあたりの話は、まあ私にはあんまり関係ないかな。


 それから、王女は自分の部屋へと戻っていった。

 身なりを整えてから、また出てくるようだ。王女様ってのは忙しいものだ。


「それでは、稽古の続きでもしましょうか」


「はい」


 ロィドの言葉に従い、私は剣の稽古へ。そこへ、勇者も着いてくる。

 王女に着いていてやれよ、とも思ったけど……さすがに、部屋にまで着いていくわけにもいかないか。


 剣を握り締めるのにも、たいぶ慣れてきたんじゃないかと思う。

 まだ素振りしかしていないけど、形にはちゃんとなっている。


 それから今日は、試し切りを行った。

 とは言っても、生き物ではない。まずは、練習用のものがあるので、それで。


「……あら、リィンさん。剣を、使っているのかしら?」


 しばらくして、王女が見学にやって来た。


「えぇ。自衛のためにも、戦闘手段は多い方がいいと思いまして」


「……そう」


 私の言葉を、どう受け取ったのか。王女は、ちらりと勇者を見た。

 私に気付かれないと思っているのか。それとも、私に気付かせるつもりでいたのか。


 その視線の意味を、私は察した。

 勇者も、剣を使っている。だから、私も同じく剣を使っていることに、思うところがあるのだろう。


 ……面倒だな。


「剣は、勇者様やロィド様が使用しているので、一番身近だと思いまして。

 ロィド様の教えは大変すばらしく、ためになっています」


 だからせめて、私は別に勇者の気を引こうと思って剣を使い始めたわけじゃないよ、とアピールしておく。

 それを聞いて、王女の表情は少し和らいだように見えた。


「そう、それはよかったわ。ロィドは、私が信頼している兵士の一人ですから」


「もったいなきお言葉」


 ロィドの顔を立てることで、勇者よりもそちらに気を回す。

 どうにか、王女の機嫌はよくなったようだ。


 まったく、なんで私がこんなにも、気を遣わないといけないんだ。


(とはいえ、私と勇者が親しくしていると思われでもしたら、面倒だしなぁ)


 勇者パーティーメンバーとして親しくはしても、個人的にはそこまで親しくしてはいけない。

 これが、勇者を想うあまりの王女に対して、気を付けなければいけないことだ。


 変な嫉妬を買われて、王女との関係が悪くなるのもよろしくないからだ。


「ですが、それなら……私も、剣を習ってみようかしら」


「いや、それは止めた方がいいだろう」


 ふとつぶやく王女に、待ったをかけるのは勇者だ。

 こいつ、どっから話を聞いていたんだ。


「止めた方がいい、ですか?」


「あぁ。王女様はあくまで、女賢者……ヒーラーだろ? ヒーラーは、それだけで体力と集中力を使うって話じゃないか」


 勇者パーティーメンバーの、それぞれの役割。

 王女は回復要因であり、そのためには体力と集中力、精神力なんかが重要らしい。


 そんな王女が、剣を使うなんてことになったら、女賢者としての役割に支障が出る。


「でも、リィンさんだって猛獣使いなのに、剣を使っているではありませんか」


「私は、モンスターに触れるという条件があります。空を飛んでいる相手には無力ですし、大群で来られたらまずやられてしまいます。

 そうならないために、少しでも生き残る術を考えただけです」


「でしたら、私も……」


「王女様のことは、勇者様が守ってくださいますよ。なによりも一番に……

 ね、勇者様」


「え? あぁ、それはもちろん」


 食い下がる王女に、私はとどめの一言を告げる。

 あなたのことは、勇者が必ず守ってくれる……その一言に、勇者が力強くうなずく。


 それだけで、王女の目はハートになる。

 ちょろいな。


 勇者が、私の意図を汲み取ったかはわからない。もしかしたら、『回復要因がやられたら全滅の危険があるから』という理由からかもしれない。

 それでも、結果的に勇者の言葉は、王女に刺さった。


「リミャのことは、俺が絶対に守るから。だからリミャは、後ろでみんなの怪我を治すための力を、蓄えていてくれ」


「勇者様……!」


 おっと、しかもまさかの追撃とは。これには王女もメロメロだ。

 ……前から思っていたけど、この勇者は少し、天然なところがある。人として完璧すぎないのも、それはそれで好感が持てるのだろう。


 ただ……自分から仕掛けたこととはいえ、私はいったい、なにを見せられているんだろうな。


「そういうことでしたら、ロベルナ王国王女にして勇者パーティー女賢者、このリミャ・ルドルナ・ロベルナ。

 勇者様のお役に立てるよう、己の役割を全ういたしますわ!」


「え? あ、うん。でも、あんまり無理はしないようにね?」


 ふんっ、と鼻を膨らませる王女は、まさしく恋する乙女というやつだ。

 こいつは、めんどくさくならないように気を付けないと。


 ……朝は、剣の稽古。そして、午後。

 ついに、勇者パーティーである残り三人のメンバーが、お城に到着した。

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