第30話 運命の日を乗り越えて



 運命の、三日目……勇者と王都を巡り、最後に指輪を贈られたあの日。

 お城に戻ってからは、取り立てるような事柄はなかった。普通にお風呂に入って、普通に夕食を食べて、普通に就寝して……


 寝るまでの間に、また勇者が来るんじゃないかとも、思ったけど。私の考えすぎだったようだ。

 勇者が部屋に押しかけてくることもなく、私はベッドに横になった。


 そして、目を閉じて……眠りに、ついた。



『平民のお前と、世界を救うために召喚された勇者おれ。果たして世間は、どちらを信じるかねぇ?

 それに、お前は"びと"ってやつなんだろ? みーんなから嫌われてる、世界のお邪魔虫みたいな存在。そんな奴が、勇者に襲われましたっつって……素直に、信じてもらえると思ってんのかよ!』


『まさか! 俺がそんなこと、するはずがないだろう! 俺が、嫌がる女の子を無理やり? まさか!

 それにリミャ、俺はキミだけを、愛している! わかっているだろう!?

 あぁ、なんてことだ! 彼女は、少々被害妄想が、激しいようだ!』


『俺は気にしてないから、彼女を捕らえるのはやめよう。

 彼女も、少し気持ちが錯乱しただけ……少し時間をおけば、落ち着くはずさ。

 神紋に選ばれた勇者同士、いさかいはなしにしたい。それに、キミが友人を捕らえるところなんて、見たくないしね』


『俺は、なにもしていないし……キミは、なにもされていない。そうだろう……リィン?』



「…………嫌な夢見た」


 目を開ける。視界には、この数日ですっかり見慣れてしまった天井。

 王城の、私に振り当てられた部屋。そこで、私は眠っていた意識から覚醒した。


 夢を見た。それは、幸せな夢なんかではない。

 二度と思い出したくもない、忌々しい夢。


 昨日、勇者のことについていろいろ考えてしまったからだろうか。

 それにしたって、前の時間軸での勇者クズセットをまとめて見なくったって、いいのに。


「あー、吐き気がする」


 嫌なものだ。夢ってのは、時間が経つと忘れるくせに、目覚めたばかりのときはよく記憶に残っている。

 それに、これは正確には夢ではない。記憶だ。前の時間軸での。


 だから、この記憶はこの先一生、忘れられないのかもしれない。


「……っ」


 きれいなはずの、身体が震える。思わず、自分で自分の身体を抱きしめる。

 そんなはずないのに、まるで身体になにかが刻み込まれてしまったようだ。


 部屋には……誰も入った形跡は、ない。

 勇者が夜中に仕掛けてくる、なんてことも考えたりしていたが、余計な考えだったか。


「しっかりしろ、私」


 王女のいない三日間。それを私は、乗り切ったんだ。

 もう、百パーセント……とは言い切れないけど、勇者が私を誘うようなことは、ないはずだ。


 本性を隠している勇者は、前の時間軸とはるで別人のようだ。

 本性を隠しているのだから、当然といえば当然だけど。


 なんにしろこれで、勇者殺しの未来は、回避できた。だから、次は……


「魔王退治の、旅か」


 そもそも私が、ここにいる理由。

 神紋しんもんの勇者としての役割を、果たすときだ。この手の甲に刻まれた、神紋を見る。


 私の他に、五人……勇者と王女を除けば、あと三人。

 王女が帰ってきたら、その三人もこの国に集結するとのことだ。


 前の時間軸では、三人の顔を見ること無く、私は殺された。

 今回、王女が返ってきた後に集結するのだから、前の時間軸でも同じタイミングで集まっていたはずだ。


 でも、私は三人と会ってはいない。

 おおかた、あんな状態だった私と、他の神紋の勇者を会わせられなかった、というところだろう。


「今度は絶対、幸せになるんだ」


 魔王退治の旅は、過酷を極めるだろう。

 それでも……私は、負けない。絶対に生き延びて、魔王を倒したあとの平和になった世の中で、生き抜いてやる!


 カロ村に帰って、みんなと……シーミャンと、一緒に楽しく、暮らすんだ!


神紋しんもんの勇者様、朝食のご用意ができました」


「あ、はい」


 外から、ノック。そしてメイドの声。私は急いで着替え、部屋を出る。

 広間に向かって、そこで勇者とともに食事をする。それは、いつもの風景……とは言い難い。いつもはここに、王女も加わるから。


 その王女が、もう少しで帰ってくる。


「リィン、昨日のその、贈り物だけどさ……リミャには、内緒にしておいてくれないか。俺がリィンに贈ったってこと」


 小声で、勇者が話しかけてくる。

 昨日の指輪の件、内緒にしたいのだと。やっぱり、王女にやましいと思っているんだな。


 正直、私が勇者の頼みを聞く義理はない。むしろ、これを勇者様からもらったのですと、王女に見せつけることで……あの顔を、屈辱に染めてやりたいと思う。


(ただ、そういうわけにもいかないか……)


 もし私がそんなことをしたら、王女の怒りの矛先は贈り物を贈った勇者ではなく、贈り物を贈られた私に向くだろう。

 なぜって? 前の時間軸で私の言葉は一切信用しなかった女だよ。簡単に予想できる。


 あの王女にとっては、勇者の言葉が真実。勇者が白だと言えば、それは白になる。とにかく勇者のことが大好きなのだ。

 だから、勇者が贈り物をしたとして、それを贈られた私に矛先が向く可能性は十二分にある。


 つまり、余計なことはするなってことだ。


「えぇ、もちろん。二人だけの秘密です」


「! そ、そうだな」


 あ、言い方間違えたか……二人だけの秘密なんて、なんていかにもなセリフ私は……!


 食事を終え、腹ごなしに軽い運動。

 ロィドの教えの下、剣の稽古を始めて……しばらくの時間が経った。


 城内が、慌ただしくなってきたのだ。

 この様子は、おそらく……


「国王様、王女様が戻られたわ!」


 やっぱり……国王と王女が、戻ってきた!

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