第29話 残るもやもや



「おかえりなさいませ、勇者様」


 城に戻ると、メイドさんに迎えられた。

 二人だけで外出なんて、これだけを王女に話されても、なんか厄介なことになりそうだけど……


 まあ、外出を勧めてきたのはロィドだし、私を引っ張っていったのは勇者だ。いざとなったら、二人に責任を丸投げする所存。


「明日には、国王様、王女様がお戻りになられます」


「わかった。てか、俺にそんなかしこまる必要はないのに」


「いえ、とんでもありません。勇者様の扱いは、上級貴族……いえ、それこそ王族と接するのと同じように、と言われていますので」


 メイドの言葉に、勇者は困ったように笑っている。


 確か、勇者の世界では……平民も貴族も、王族なんてものもないって言ってたな。

 カロ村に住んでた私にとっても、貴族や王族なんて関係ない話だと思ってたけど……


 そんなものと縁遠いところにいたのに、ある日突然かしこまられる。

 なんと、こそばゆい気分だ。


神紋しんもんの勇者様も、お帰りなさいませ」


「……どうも」


 そして当然。私にとっても同じような扱いだ。

 ま、勇者に比べれば扱いは幾分落ちるけど……メイドにとっては、どちらもかしこまらなければいけない相手であることに、変わりはない。


 ただ……勇者に対する態度と、明確に違うものがある。

 それは、私を……いや、正確には私の髪を見る、その視線だ。


 この紫色の髪、"びと"に対する警戒心と、嫌悪……

 それを態度に出さないだけ、立派と言えばいいのだろうか。


「はぁ」


「どうかしたか?」


「いえ、なにも」


 メイドたちの出迎えを過ぎ、私はため息を漏らした。

 王都では私に対する陰口に気付いていたのに、今の視線には気づかないのか……鋭いんだが、そうじゃないんだか。


 それとも、自分によくしてくれる王女に仕えているメイドだから、彼女たちもいい人……とでも思っているのだろうか。


「じゃ、俺の部屋はこっちだから」


「はい。今日は、ありがとうございました」


「いいって」


 私に割り当てられた部屋と、勇者に割り当てられた部屋は、当然別だ。

 互いの部屋への分かれ道でわかれると、互いに背を向けて歩き出す。


 自分の部屋にたどり着き……部屋に中に入れば、一目散にベッドにダイブした。


「はぁ……つっっっかれた……」


 どっと、今日の疲労が襲ってきた。

 今日は、予想外のことが起こり過ぎた……稽古は途中で終わり、勇者と王都巡り。昼食をとったり、いろいろなお店に入ったりして……


 ……贈り物、なんて。


「……なんで指輪なんだよ」


 ポケットから箱を取り出し、中身を開く。

 中に入っていた指輪を、ぼーっと見つめていた。


 勇者からの、贈り物なんて。このまま捨ててしまおうかしら。

 ……いや、この指輪に罪はない。それに、捨てるくらいなら頑なに拒否すればよかったんだ。


 異性に指輪を送ることは、この世界では特別な意味を持っている。

 片田舎カロ村に住んでいた私だって、その意味を知っている。


 その意味は……やめやめ。考えるのやめよ。

 勇者だって、私がただ見ていたものを選んだだけだ。その意味は、知らないよ。


「結局襲われなかったな……」


 今日一日……いや、王女がいなくなってからだから、三日か。どこかで、勇者が私に迫ってくると、思っていた。

 もちろん、今日はまだ終わってはいない。でも、今日はもう城にいるだけだ。


 城で事を起こすつもりなら、外の方がいくらでもチャンスはあった。

 つまり、勇者に襲われる危険性はもうほとんど去った、ということだ。


「なんか、拍子抜け……」


 私は、勇者から迫られるのを防ぐために、行動していた。

 だから、この結果は望むところではあるんだ。


 予想と違ったと言えば、勇者はもっと私に執着してどこかに連れ込もうとしなかった、ということだ。


「……」


 天井を見て、思い出す。今日一緒にいた、勇者の顔を。

 その顔は……なにか、良からぬことを考えている顔では、なかった。


 前の時間軸で、人の悪意に触れた私は……そういう気配に、敏感になっているはずだ。

 王都でだって、人々から向けられる負の感情に。前の時間軸ではまったく気づいてなかったけど、今回は気付いた。


 その、直感のようなものを信じるなら……勇者は、私とのお出掛けを、純粋に楽しんでいた。


「あいつ、本当に勇者なの……?」


 前の時間軸の勇者も、最初は私にいい顔をしていた。

 だけど、私を犯したそのとき……本性を、表した。汚い、人の本性を。


 なのに、今回は……まるで、違う。

 私は、死に戻りで過去に戻ったはずだ。私自身の行動で多少は、前の時間軸とは違った結果を出すことができるだろう。


 でも、私の行動が関与しないもの……勇者の人間性などは、触れようもない。

 彼は、前の時間軸と同じ、人間のクズのままのはずなのだ。


「それが、どうして……」


 三日目の、夜。前の時間軸なら、私は今頃一人寂しく泣いていたはずだ。

 それが、今はどうだ。私を犯した勇者と楽しくお出掛けして、贈り物までされている。


 勇者殺しの未来を、回避する……そのために、これは理想的な展開だ。

 そのはずなのに……心にもやもやが残っているのは、事がうまく運び過ぎているから?

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