第28話 贈り物



 周囲では、人々が家に帰るためにだろうあちこち、歩き出している。

 そんな中、私と勇者は向かい合ったまま、話をしていた。


「リィンが今日、少しでも楽しんでくれたらって思ってさ。

 ほら、この国に来て不安だっただろうし……俺もなんとなく、気持ちがわかったからさ」


 ……カロ村から外に出たことがなかった私。この世界に召喚された異世界の勇者。

 この世界のことをよく知らない。私たちは、境遇としては似ているのかもしれない。だから私の不安を消そうと、誘ってくれた?


 そう話す勇者は、懐に手を入れる。

 私は自然と、警戒していた。なにが出てくるのか、わからないからだ。


 そして、勇者が出したのは……


「……箱?」


 それは、手のひらに乗るくらいの大きさの、箱だった。

 木製のものではない。いい造りをしているものだと、私でも見てわかった。


 それがいったい、なんなのか。考えているうちに、勇者は箱をパカッと開いて見せた。


「……ゆび、わ?」


 そこには、小さな指輪があった。

 きれいな宝石のハメられた、指輪。なんでこんなものを、勇者が?


 それに、このシチュエーションは……まるで、勇者が私に……


「あぁ。リィン、さっきの店でこの指輪、見ていただろう?」


「……!」


 さっき寄った、アクセサリー店……そこで私は、きれいなものがあるなと思って、見ていたものがある。

 それがこの、紫色の宝石がはめられた、指輪だった。


 それを、勇者に見られていた。

 とたんに、恥ずかしさが襲ってきた。


「それは……さっきも言ったように、物珍しかっただけです」


「けど、それにしてはじぃっと見ていたような気がするけど?」


「……っ、わ、私より! 王女様に渡したら、どうですか!」


 勇者から、目をそらさない……そう思っていたのに、目をそらしてしまう。

 なんだって、こんな不意打ちみたいな真似を……!


 こういうことは、私じゃなくて王女にやればいいだろう。

 きっと、泣いて喜ぶはずだ。


 けれど、勇者はなぜかきょとんとした顔をしている。


「これは、リィンにと思って買ったんだが……なんで、アイツが出てくるんだ?」


 これは、とぼけているとか、そういうのではなく……完全に、わかっていない顔だ。

 こりゃあ、王女も苦労するな……まあ、私が気にすることなんかじゃ、ないけど。


 ただ、これは王女ではなく、私のために買ったのだという。


「ほら、リィンの髪の色と、同じ色の宝石でさ。みんないろいろ言ってるみたいだけど、俺はきれいだと思うから」


「! 聞こえてたんですか」


「なんのことだか」


 この勇者は、王都内で私が髪の色についていろいろ言われていることに気付いていたのか。

 なら、フォローしてくれるなりして、助けてくれれば……あぁ、それはだめだな。勇者に助けられたら、その件でまたにらまれてしまう。


 勇者が、そこまで考えていたのかはわからないけど……結果的に、助かったのは確かだ。


「……」


 髪の色がきれいなんて、村ではよく言われていたけど……この国に来てからは、勇者にしか言われたことがない。

 前の時間軸でも、今でも。


 それが、嬉しいわけではない。

 ただ、私という存在が認められた気がして……なんだか……


「でも私、お金は持ってません」


「いらないよ。リィンにあげるために買ったんだから。

 むしろ貰ってくれないと、使い道がなくなって困ってしまうなぁ」


 ……わざとらしい。

 私が断っても、王女にあげればいいものを……いや、あの王女のことだ。いくら勇者からの贈り物とはいえ、紫色の宝石という時点で、嫌な顔をしかねない。王女の部屋には、たくさんの宝石はあっても紫色の者はなかった。


 そうなると、指輪の行き場はなくなり……最悪、捨てられる可能性もある。

 ……勇者からの貰い物なら、そこまではしないか。


「……はぁ」


 私は、ため息を漏らしつつ、手を伸ばした。


「お、受け取ってくれるのか」


「勘違いしないでください。こうでもしないと、指輪がかわいそうだから……指輪に、罪はありませんから」


 私は、箱ごと指輪を手にした。

 それを確認して、勇者は嬉しそうに顔を緩ませた。その表情を見せられて、今まで緊張感を張り巡らせていた自分がバカみたいな気さえ、してくる。


 私は指輪を、見た。

 指輪なんて……いや、誰かからの贈り物なんて。いったい、いつぶりだろうか。


 カロ村では、そういうこともあった。でも、この国に来てからは一度もない。

 贈り物なんて、ずいぶん久しぶりな気がする。


「あ、笑った」


「は?」


 勇者が、私を見て言った。


「笑った? バカ言わないでください」


「いやいや、ホントに。これまで、リィンのむっとした顔しか見たことがなかったから、新鮮だなって」


 笑っていた、なんて言う勇者に、思わず乱暴な言葉が出てしまったけれど……勇者は、気がついていないのか気にしていないのか。

 ただ、笑っていたなんていうのは、絶対に見間違いだ。そんなはずが、ないじゃないか。


 ……でも私。思い返してみれば、死に戻りをしてから……心から、笑ったことなんて、あったっけ?


「いやあ、よかったよかった。城で渡してもよかったんだけど、誰かに見られるかもしれないし」


 ケラケラと笑う勇者は、言う。

 誰かに見られて、王女に告げ口されるのが、まずいからってことか。


「見られたら、なんか恥ずかしいじゃん?」


「……」


 それはきっと、単なる…………単なる、なんだ?


 指輪を受け取った私は、箱ごとポケットに入れる。

 それを確認して、満足そうに笑う勇者がき出したのを見て……私もその後ろをついていくように、歩き始めた。

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