第25話 人波に揉まれて
「ふぅー、腹も膨れたぜ」
「そうですね」
少し遅めの昼食を終えた私と勇者は、再び王都巡りに戻る。
本当なら、このまま解散したいところだけど……そういうわけにも、いかないか。
王都を見て回る。前の時間軸も含めれば、結構いろんな場所を見て回ったとは思う。
それでも、すべてを回りきったといえるほど、この王都は狭くはない。
「なあリィン、このあとさ……」
「あ、あのお店面白そうですよ」
ちょくちょく、勇者に話しかけられることがあった。
その度に、私は適当に話をそらす。その先は、もちろん結構人がいるところ。
人がいるところなら、勇者は強引な手段には出られないし……なにより、こうして人の目にさらされて、気づいたことがある。
「キャー! 勇者様よ!」
「なんでこんなところに!?」
「握手してー!」
「こ、困ったな……」
勇者の、予想以上の人気度だ。
私たちは、特に変装しているわけではない。だからというのも、あるのだろう。
元々勇者は、異世界から召喚されこの国を、世界を救う役割を持っていると。国民には発表されている。
その際、勇者の姿もさらされたらしい。
勇者は、特徴的な黒い髪に、黒い瞳をしている。だから、まあこんなところに変装もなしに出てくれば、すぐに見つかってしまうわけだ。
今までは声をかけていいのかわからない、といった具合だったけど……
「勇者様ー!」
一度声をかけられれば、それに群がるように他の人からも声をかけられる。
あっという間に、勇者は囲まれてしまう。
……ふむ。こういう展開があるのなら、勇者と王都に出てくるのも悪くなかったな。
人目にさらして、そしてたくさんの人が寄ってくれば、それだけで勇者は動けなくなる。
「……」
「…………ん」
ただ、向けられる目が勇者にだけ、とは限らない。
特徴的な髪の色となれば、私もまた同じなのだから。
この紫色の髪もまた、珍しい色とされている。だからといって、私も勇者と同じような目を向けられるわけではない。
むしろ私に向けられるのは、嫌悪に似たそれだ。
"
「はぁ」
別に、勇者のようにチヤホヤされたいわけではないけどさ。会ったこともない人にこんな目を向けられるのも、疲れるんだよ。
前の時間軸では私は勇者を殺したから、そのときに向けられたものに比べればマシだけど。
とはいえ、私に直接なにかを言ってくる人はいない。
"忌み人"ではあっても、私は一応
「あれが……」
「えぇ、不吉な髪の色よね……」
だから、こうして影でいろいろ言われてるわけで。
他にも、なんで"忌み人"で平民が勇者パーティーなんだとか、勇者様と一緒にお出かけしているんだとか。
勇者の身動きが取れなくなるのはいいことだけど、私まで好奇の目にさらされるのは勘弁してほしいなぁ。
……ただ、同じようなことは前の時間軸でもあったし。そのときのことで耐性が少しなら、できてる。
(にしても、聞こえないようにしゃべればいいのに……)
わざわざ本人に聞こえる形で陰口を言うなんて、嫌な感じだ。
それとも……自分のことだから、余計に聞こえてしまうだけだろうか。
このまま、人波に揉まれる勇者を見続けていてもな……退屈だし、帰ろうかな。
「わっ、とと……すまない、俺たち今散歩中だからさ。また今度にしてくれ。
行こう、リィン」
「……は?」
勇者を置いて、私はどこかに消える……まあ暗くなる頃には戻ってくるだろうし、よしそれでいこう。
そう思っていたとき……勇者が、人波から抜け出してきた。
そして……あろうことか私の手を掴んで、走り出したのだ。
「は……っ?」
突然のことに、私はあっけにとられてしまう。な、なんで? いったい、どういうことだ!?
振り向けば、さっきまで勇者を囲っていた人たちは、唖然とした表情を浮かべている。
そして、その中から私に向けられる視線は……さっきまでの、好奇なものを見る目ではなくて。
嫉妬とか、そういうものだった。
(勘弁してよ……)
ここで勇者の手を振り払っても、それはそれで面倒なことになりそうだし。
ここは、あの人たちの目が見えなくなるところまで、とりあえず移動するしかないか。
……もしもここにいるのが私じゃなく、王女なら。こんな視線を浴びることなんてなかったんだろうなぁ。
まあ、王女ならさすがに変装はしてそうだけど。
「はぁ……ここまで来れば、大丈夫か」
しばらく走ったところで、勇者は足を止める。
あちらこちらに走り、角を曲がった先だ。ここは、ひとけのない場所、ってわけでもない。
もしそんな場所に連れ込もうとされていたら、全力で逃げ出すか大声を出していたわけだけど。
「はぁ、はぁ……」
「ごめんなリィン、いきなり走り出して」
「い、いえ……」
正直、文句の一つでも言いたいところだけど……ここは、ぐっと我慢だ。
ただ、理由くらいは聞かせてもらわないと。
「あの、どうして……」
「ん? あぁ……あのままじゃ、しばらく動けそうになかったからな。
せっかくリィンとのお出かけなんだし、時間を無駄にしたくはないじゃん?」
「……」
それは……普通に聞けば、私との外出を楽しんでくれている、という意味に取れる。
でも、今日が王女のいない最後の日であることを考えると……その言葉に、裏があるように感じて、ならない。
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