第26話 王都を回ろう
「これ、どうかな」
「……いいんじゃ、ないですか」
その後勇者は、露店で帽子を買っていた。
私に感想を求めていたけど、私としては別にどうでもいい。ただ、こいつはなにを着用しても似合うんだな、とはぼんやりと思ったけど。
このままただぶらりと歩いていたら、また人々に囲まれてしまう。
そう思っての、変装だ。ちなみに、私も帽子を買った。
誤解のないように言っておくと、これは勇者の真似をしたわけではない。髪の色を、隠すためだ。
「おぉ、似合っているじゃないか、リィン」
「……それは、どうも」
正直、色気も味もないただの帽子。それでも、勇者は褒めてくれた。
ご機嫌取りの、つもりだろうか。
帽子を被ったくらいで、勇者くらい顔の割れた人物がわからなくなるものか、と思っていたけど……
「いやぁ、マスクとか帽子とか、メガネとかあるないだけで、結構その人の印象は変わるもんだよ。
それらをいっぺんにつけたら、逆に目立っちゃうけどね」
そう話す勇者だったが……それは、実際にその通りだったようだ。
こうして帽子を被っただけで、堂々と顔をさらしているのに……誰も、私たちに見向きもしない。
不思議だ。
「そんなきょろきょろしたら、見られちゃうぞ」
「す、すみません」
「いや、いいけど。人って、あんまり他人に興味ないもんだからさ」
だからバレはしないと……そういう、ことだろうか。
私としては、勇者は人々に囲まれてしまった方が、都合がいいのだけど……
この人は、私と王都を回りたい……その気持ちから、私を誘ったのだというけど。
それを素直に信じられるほど、前の時間軸で見てきたこの男の本性は、良くはない。
「あ、ここ入ってみようぜ」
その後も、勇者に連れられるまま……あちこちの店に、寄っていった。
中でも、印象に残ったのはとあるアクセサリー店だ。
首からかけるもの、耳につけるもの、指にはめるもの……前の時間軸含めて、私はこういうものに触れる機会はなかった。
カロ村では、こんなおしゃれな場所さえも、なかったしね。
だけど……私も、女の子ということだろうか。
キラキラと光るそれらに、いつの間にか目を奪われていた。
「わぁ……」
「お、それがほしいのか、リィンは?」
「! た、ただ物珍しかっただけです!」
いかんいかん……なにを、普通に楽しんでいるんだ私は。
気を引き締めないと。もうお昼を過ぎたとはいえ、まだ今日は長い。
それから勇者は、一つ一つ品物を見ているようだった。
きっと、王女に送る贈り物でも、選んでいるのだろう。
王女様ともなれば、こんなお店のアクセサリーなど、一声で手に入るだろう。
そもそも、こんなものが比較にならないくらいに高価なものを、持っている。たくさん。
それでも、勇者に贈り物をされた、という事実が、重要なのだろうな。
「はぁ……」
「リィンは、なにか買わないのか?」
「手持ちはそんなにありませんので」
「そう……じゃあ、行こうか」
先ほど、昼食を食べた時に、手持ちのお金はほとんど使ってしまった。
元々今日王都に出てきたのがいきなりのことだったし。王都に来てからまとまったお金は、もらったけど。
昼食は、勇者が自分が奢ると言ってきたが、私が断った。なんとなく、勇者に借りは作りたくはなかったからだ。
「リィンはどこか、行きたいところはあるかい?」
(帰りたいです……とは、言いにくいなぁ)
先ほどから、勇者は私のご機嫌を取ろうとしているように、見える。
「いえ、私は王都に来て日が浅いので。行きたいところは特に」
「なら、気になるところとかさ」
「いえ、別に」
「そっか。なら、暗くなるまでいろいろ回ろうか」
……勇者はよくも、嫌な気持ちにもならずに私の相手をしようと思うものだ。
私の対応は、自分でもどうかと思うくらいに冷たいものなのに。こりもせずに話しかけてくる。
もちろん、敢えてこうしている。前の時間軸の私も、勇者とまともに話せなかったけど……あれは、憧れの存在への緊張からだ。
今の私は、まともに話そうともしていない。
だけど、勇者はこうして……
「……」
って、だめだめ私。これが勇者の狙いなんだから。
なんとか私の警戒心を解いて、私をどこかに連れ込む算段なんだ。
もう、あんなことは起こってはいけない。
「ィン……リィン」
「! は、はい。なんでしょう」
「いや、呼びかけても返事がなかったからさ……大丈夫? 調子でも悪い?」
私の顔を、心配そうにのぞき込んでくる勇者。
その顔の近さに、思わずのけ反りそうになったが、ぐっと耐える。
「いえ、大丈夫です。少し、考え事を」
「そうか……
あのさ、もう暗くなってきたけど……城に戻ろうか」
「はい。…………え?」
勇者の言葉に、はっとして周囲を見る。
空はオレンジ色になり、だんだんと暗くなってきている。人の流れも、昼間よりおとなしめだ。
考え事をしていたせいか、自分で考えていたよりも時間が経っていたことに、気付いていなかったらしい。
その事実に唖然として……勇者の言葉にまた、あっけに取られてしまった。
城に、戻ろうか、だって?
それじゃあ……もう、気を張る必要はなくなった、ってこと? いや、そもそも……勇者は、私をどこかに連れ込もうとしていたんじゃ、ないの?
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