第24話 嘘つき
「……」
「いやぁ、なんかいいなぁ。こんな昼間から、王都を回るなんて」
「……そうですね」
稽古は終わり、今は私は勇者と王都を回っている。
息抜きも必要だということで、勇者の剣の先生が提案してくれたわけだ。
王女が帰って来てからでは、あまり息抜きの時間も取れないだろうからという、とてもありがたい理由でね。
「……余計なことを」
「え、なんか言った?」
「いえ。楽しみだな、と」
思わず口をついて、悪態をついてしまった。
わかっている。ロィドに、悪意はない。前の時間軸の私であれば、稽古の息抜きに王都巡りを提案してくれるなど、なんていい人だと思ったはずだ。
……前の私なら、ね。
(とりあえず今日は、勇者と二人きりになることは避けたかったのに)
今の私にとっては、本当に余計なことをしてくれたなという気持ちしかない。
横目で見た勇者は、楽しそうに笑っている。私も、こんな能天気に笑えたらどれだけ、幸せなことだろうか。
でも、私にそんな余裕はない。
いつ勇者の魔の手が私に迫るか、わかったもんじゃないからだ。二人での外出は避けられなかった以上、人目のあるところで行動しないと。
ったく、これじゃ私にとって息抜きどころじゃないよ。
「なぁ、リィンはなにを食べたい?」
私の考えていることなど、思いもしないのだろう。勇者が、私に気安く話しかけてくる。
今は、お昼を過ぎた頃。どうせなら、王都でなにかおいしいものでも食べてきたらと言われたため、今はお腹が減っている。
……勇者とはあんまり会話もしたくないんだけど、まあそういうわけにもいかないか。
「私は、これといって……お腹が膨れれば、それでいいです」
「なんだテンション低いなぁ。
そうだ、じゃあこないだリミャに教えてもらった店に、連れて行くよ」
私の意見は、特にない。ただ、この時間をさっさと終わらせたいだけだ。
それでも、お腹は減る。お腹を満たすことができるのなら……と、黙って勇者の言葉を聞く。
だけど、これは……注意しないといけない。
王女に教えてもらった店だからと適当なこと言って、私を変なところに連れ込む気かもしれない。
「では、お願いします」
「おう」
勇者は嬉しそうに、歩き出した。
私もそれに着いていくように、足を進める。
もしも、人気のないところに行くつもりなら、私は逃げる。全力で逃げる。
こういう、どうしようもない事態を想定して……筋トレ、主に走り込みを徹底的にしてきたんだ。
油断しているのなら、勇者相手でも振り切って見せる。
……それにしても……
「どうして……」
「ん? どうした?」
! また、思ったことが口に出そうになってしまった。
どうして、王女がいるのに、私にまで手を出したのか……そんなこと、聞いても仕方がないのに。
そうは、わかっていても……どうしても、聞きたくなってしまった。
だけど、まさかそのまま聞くわけにも、いかない。
「……男の人って」
「おう?」
「付き合っている人がいるのに、他の女の人に手を出したり、するんですか?」
「!?」
だから私は、可能な限りぼかして、聞いてみることにした。
それでも、勇者にとっては想定外な質問だったに違いない。言葉を失ってしまっている。
正直、勇者のそんな顔を見るのは、なんだか爽快感があった。
「ど、どうかしたのか、急に。そんなことを、聞いてくるなんて」
「……少し、思うところがありまして」
これは、勇者と王女と、私と示したものだ。
勇者と王女があのとき、付き合っていたのかはわからない。ただ、王女は勇者と恋仲にあるような発言があったし、勇者もまた王女のことを愛しているとか言っていた。
ただの、召喚された勇者と王女の関係では、ない。
もしかしたら、すでに"そういう関係"にあったのかもしれない。
少なくとも、ただならぬ関係。……そんな相手がいながら、勇者が私に手を出した理由が。
私には、どうにも理解できなかった。
「私は、もしお付き合いをするならその人としか、恋人らしいことをするつもりはありません。
でも……聞いた話によると、そうではない種類の人間も、いるようなので」
「……」
「勇者様も、そういうタイプの人間なのかな、と」
……いつの間にか、男の人から勇者を指している言葉になっていることに、私は遅れて気づいた。
しかし、勇者はそれには気づいていないようで、私の質問に真剣に考えを巡らせているようだった。
こんなに、真剣に……
「そうだな……まあ、男にもいろいろいるからな。でも、そういうのは男とか女とか、そういうんじゃなくて、個人の考えで変わるんじゃないかな。
少なくとも、俺に付き合っている人がいるとして、他の子に手を出したりするようなことはしないな。女の子を悲しませることは、しないよ」
「……そう、ですか」
……その瞬間、私の中で急激になにかが冷え切っていくのを、感じた。
嘘つき……うそ、ばかりだ。
仮に、あのとき勇者と王女が付き合っていなかったとしよう。でも、王女が自分に寄せている好意を利用して、私を貶めたのは事実だ。
なにが、女の子を悲しませることはしない、だ。
「もしかしてリィン、気になる人でもできたとか?」
「……どうでしょうね」
「教えてくれよ、けちー」
わかっていたことだけど、やっぱりこの男は……最低だ。
その後、お店に着いて昼食をとった。自信を持って連れてきただけあって、料理はとてもおいしかった。
対面に勇者が座っていなければ、もっとおいしく感じられたのだろうか。
王女のオススメで、勇者に連れてこられて……なんて、本来ならば関わりたくもない。
とはいえ、料理に罪はない。おいしく、いただいたよ。
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