第22話 命の重み



 以前までの私なら、勇者の好意を素直に受け取っていただろう。

 だけど、今の私はどうしても、なにか裏があるのではないかと考えてしまう。


 だって、そうだろう。私は、勇者の本性を知っているのだから。


「剣、ですか」


「そうとも」


 ……勇者パーティーの面々には、当然それぞれに得意分野がある。

 勇者、女賢者、武闘家、弓使い、魔法使い、猛獣使い。これだけの役割を持つ人たちが、集まっている。


 女賢者は回復要因。武闘家、弓使い、魔法使いは名前の通りだ。肉弾戦、遠距離攻撃、そして攻防一体の魔法に長けた人物。

 私の猛獣使いは自分で戦うのではなく、モンスターを操って戦うというもの。


 そして勇者は、すべての能力に秀でている。オールラウンダーってやつだ。

 ただし、猛獣使いのような特殊能力はなく、あくまで素の力が上昇しているというだけらしい。


「勇者様は、剣を主に戦うんでしたよね」


「あぁ。国王から貰った、この聖剣ってやつでな」


 勇者が腰に下げているのは、彼がこの国に召喚されてから、国王に貰ったものだという。

 聖剣、なんて仰々しい呼ばれ方をしているそれは、鞘や持ち手が銀色に輝いている。


 その威力を見ることは、結局なかったけど。そのへんの兵士が使っているのとは、全然違うというのだけはわかる。


「一応、訓練の一環で国の外で魔物を斬ったりはしてるんだけどな。

 魔族が力を蓄えている影響で、付近にも魔物が暴れているって話だけど」


「……へぇ」


 魔物が、暴れている……か。その話を聞いて、少し焦る。

 でも、落ち着け私。正確な時間を計ったわけではないけど、カロ村が魔物に襲われるのは、まだ先の話だ。


 予定では、国王と王女が帰って来た数日後に、残りのメンバーも集まる。

 顔合わせをして、それから国を出発する。


 ここからカロ村まで歩いて行っても、充分間に合うはずの距離だ。


「で、やってみないか。剣術!」


「!」


 私を見る勇者は、目を輝かせていた。

 ……正直、意外だった。彼が、私にこんな、子供っぽい表情を向けてくるなんて。


 いやいや、騙されるな私。こうして、油断を誘っているだけなんだから。


「そうですね……戦える術が増えるのは、いいことかもしれません」


「だろう!?」


 私の猛獣使いは、私自身の戦闘能力は必要ない。触れたモンスターは、なんでも操れるからだ。

 以前、この能力のことを試したときは……触れたモンスターは、私の指示に忠実に従ってくれた。


 私が明確に、そのモンスターを解放すると願わない限りは、そのモンスターは私の支配下にある。

 あと、一定の距離を離れても解除されてしまうみたいだ。これはまだ検証中だけど、少なくともこの国分の範囲内なら問題はない。当然、モンスターが死んでも解除される。


 ただ、猛獣使いの発動条件は、対象のモンスターに触れること。

 これは、簡単なようで難しい。素早いモンスターには触れられないし、考えたくはないけど触れるための手がなくなってしまえば、能力は使えなくなる。


「……」


 その点、いざというときに戦い方のレパートリーを増やしておくというのは、良い考えだ。

 筋トレしてても、体力がつくだけで戦いに役立つかはわからないし。


「では、ご指導のほどよろしくお願いします」


「よしきた!」


 正直、今から剣術を学んでも、意味はないかもしれない。


 勇者は召喚の時点で、ある程度の基礎能力が上昇している。剣は初めて持ったと言っていたけど、ある程度使いこなせている。

 勇者が元々いた世界には魔法なんてものはなかったらしいが、こちらの世界では簡単な魔法なら使えるようになっている。


 身体能力、その他の能力……それらが上昇している勇者と違い、私はただの平民だ。なんの変哲もない村に暮らしていた、髪が紫色の女の子。

 そんな私が、今から剣を覚えても、付け焼刃にもならないかもしれない。


 ……それでも。


(生きるためには、なんだってやっておかないと)


 勇者殺しの罰ではない。それを回避しても、魔族との戦いで死んでしまう可能性は高いのだ。

 むしろ、死ぬことがあればそこでだと思っていたのに。


 兵士の一人から、訓練用の剣を借りる。剣は、前の時間軸でも持ったことがない。

 持ち手を握り締め……ずしりと、剣の重みを感じた。


(……いやなこと思い出すな)


 剣……いや、刃物を持つと。あのときのことを、思い出す。

 ナイフで勇者を、背中から突き刺したときのことを。


 これが、命の重みってやつか。


「重い、ですね」


「ははは、リィンはまだまだ筋トレ不足かな!」


「そういう問題じゃなくて……」


 これが、命を奪う。すでに一度、人の命を奪っている私には、その重みは嫌というほど感じる。

 笑っている勇者を、ちらりと見る。


 一般人とは全然違う、選ばれた者。オールラウンダーゆえに、一つの道を極めた者には敵わないみたいだけど……それでも、常人とはかけ離れた人物。

 そんな男も、ナイフ一本で……私なんかの手で、命を奪われてしまうのだ。


 勇者だって、人間なのだと。思い知らされた。


「ん、どうしたリィン?」


「……いえ、なんでも」


「? ま、いいや。じゃ、さっそく素振りから始めようぜ」


 勇者は私に、剣の扱い方を教えてくれた。

 時に距離が近く、体が触れてしまうこともあったけれど……さすがにこの程度で、殺意を抱くことはない。


 ただその度に向けられる、勇者からの視線が気にはなったけど。


「ふむ、リィン殿もなかなか、筋が良いようですな」


「あ、ロィドさん」


 剣の素振りをしている私に声をかけてきたのは……

 勇者が名前を呼ぶ。ロィドという老兵士だった。名前言いにくいな。


 彼は人のいい笑顔を浮かべて、私の立ち姿を見ていた。


「筋がいい、ですか」


「えぇ。剣を持つのは初めてのようですが……重心もしっかりしていて、型が成っている 」


「……」


 この人と話すのは、初めてだけど……なるほど、なかなかいい目をしている。

 私がそれなりに形を持てるのは、前の時間軸で勇者の素振りを見ていたからだ。それはもう、熱心に。


 だからといって、すぐにできるようになることでもないけど。


「筋トレで、筋力がついているからでしょうか」


「筋力がついても、素振りがそこまで完成されているとは……」


「勇者様の教え方が、お上手だからですよ」


「えぇ? それは照れるなぁ」


 前の時間軸とは違い、勇者は殺さない……その上で、魔族との戦いに生き延びる。

 その思いがあったからこそ、前回よりも筋トレに精を出したのは、間違いないけれど。


 それから、ロィドの指導の下、本格的な練習に入った。

 この人、どうやら勇者に剣を教える立場にいるらしい。ってことは、かなり強いのだろう。


 年をとったから若者の育成に尽力したい……という本人の意向を汲み取ってのことらしい。

 まあ、そんな身の上話はどうでもいいわけで。


 今日は剣の稽古を終え、王城に戻り……お風呂に入って、ご飯を食べて……眠って。

 あと、一日……明日を乗り切れば、王女が帰ってくる……!

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