第21話 二人きりにはならないこと



「……ん」


 目を、覚ます。視線の先には、見慣れた天井。

 ここは、私の部屋。王城に用意された、私の部屋だ。


 なんだか、長い夢を見ていた気がする……いや、実際に見ていたんだ。

 私がこの国に来て、王女と、勇者と会って……それからあった、出来事。


 夢というより、記憶だ。長い、長い記憶……


「いつの間にか、眠っちゃってたのか……」


 今は……確か、そう。王女と国王が国外に行って、その隙をついて勇者が私を誘ってきた。

 前の時間軸では、私はその誘いに乗り……勇者に、身体を汚された。それが、私にとって……そして世界にとっての破滅へと向かうことになる。


 もう、あんな結果にならないために。私は、これから来るだろう勇者からの誘いを、なんとしても断り続ける。


 ……もしまたあんなことをされても、私が勇者に殺意を抱かなければ、あんな未来は起こらない?

 そうかもしれない。でも……


「そんなの、くそくらえだ……」


 本当なら、勇者も王女も、私は大嫌いだ。あんな奴らのために、なにもしたくない。

 でも……今の時間軸の彼らは、まだなにもしていない。


 だから……


「私は、負けない」


 王女が帰ってくるまでの、三日……いや、今日を過ぎればあと二日だ。

 王女が帰ってくれば、勇者も下手な行動は取れない。だからこそ、勇者は今を選んで私を誘いに来た。


 勇者は、私が自分に惚れていると思っている。

 実際に、あの時点で私は勇者に、想いを寄せていた。だから誘いも断らなかった。


 今は、違う。私は、もうあんな奴の誘惑には、負けない。


「それに……他の、みんなも……シーミャン、も……」


 さっき、寝たばかりなのに。もう睡魔が襲ってきた。

 いいや、今日はもう……寝ちゃって過ごそう。


 重たくなるまぶたに、逆らうことはせず……私は、目を閉じる。

 頭の中には、カロ村のみんなを……大好きな、シーミャンを思い浮かべながら。


 再び眠りに、ついた。



 ――――――



「なあリィン、今日は……」


「申し訳ありません。今日は旅に向けて訓練をしようと思いまして」


 翌日。やはりと言うべきだろう、勇者は私に話しかけてきた。

 だけど、要件を伝えられる前に私から、切り出す。今日は予定があるから、お前には付き合えないぞと。


 今日も、王都の散策にでも誘うつもりだったのだろうが、そうはいかない。


「そっか……なら、俺も付き合うよ」


「いえ、勇者様のお手を煩わせるわけには」


「訓練するなら一人より二人のほうがいいだろう。相手がいたほうが、いろいろ捗るってもんだ」


「……」


 勇者とは、あまり二人きりにはなる雰囲気すら出してはいけない。

 なので、断ろうとするけど……まさか、訓練にまでついてくると言い出すとは。


 ……本音を言うなら、訓練も一人でやりたい。でも、勇者の言うことも、また事実だ。

 訓練をするなら、一人より二人のほうが効率的。体を鍛えるにしろ、能力を伸ばすにしろ。


 それに、勇者殺しの未来を避けることができたとして。その先……魔族との戦いに負けてしまったのでは、意味がない。

 勇者を避けるあまり訓練がおろそかになり、その結果魔族に敵わず殺される……なんていうのも、ごめんだ。


「……そうですね。では、ご迷惑でなければ、お願いいたします」


「よしきた」


 結果として私は、勇者の申し出を受けた。

 私が避けなければいけないのは、勇者と二人きりになること。


 王城の敷地内での訓練ならば、人の目がある。勇者は強引に私をどこかへは、連れていけないはずだ。


 ……いや、不安だそれでも。だから、一応近くに誰かいてもらうように、そのへんにいる兵士にでも声をかけておこう。

 人の目を、できるだけ多くする。そうすることで、勇者の動きを制限する。


「あの、よければ私たちの訓練を見ていてくれませんか?」


「? えぇ、構いませんが」


 それは、なんとも変な頼みだっただろう。兵士の人たちは妙な顔をしていたけど、承諾してくれた。

 こうして、人の目があれば勇者は、下手な手を出せない。


 それから私は、主に筋トレをした。腕立て伏せ、腹筋、走り込み……まずは体力を向上させないと、だ。

 乙女だからムキムキにはなりたくはないけど、多少のところは割り切ろう。


 ……一人で黙々と筋トレをしているわけだけど。これなら別に勇者の申し出を受ける必要はなかったかもしれない。


「……っ」


 走っている最中、ふと視線を感じた。

 それが誰からのものか、確認するまでもなく……私には、わかった。


 ちらりと、視線だけでその人物を確認する。

 ……やっぱり、勇者だ。


 勇者の視線が、私の胸元に注がれているのを感じる。

 普通にしていれば、気にならないような視線……でも、勇者からの視線に敏感になっている私にとっては、その視線は気持ち悪いほどに伝わった。


 やっぱり、勇者は……どうにかして私を襲えないかと、考えているってわけだ。


「リィン、少し休憩しないか?」


「……そうですね」


 あんまり、根を詰めすぎてもいけない。

 この国に来てから、体力はついてきている。だからこの程度ではまだ疲れてはいない。


 それでも、程よく休憩をしていかないと、体が悲鳴を上げてしまう。


「リィン、剣を使うなら教えようか。使える武器は、多くて損はないだろう」


「……そうかも、しれませんね」

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