第20話 やり直しの機会



 勇者を殺した。そのことに、後悔はない……そう、思っていた。

 だけど、違った。私は、取り返しのつかないことをしてしまった。


 勇者がいなくなったことで、勇者が倒すはずだった魔族は暴れ……あちこちに、被害が出た。

 私の生まれ育ったカロ村も、その一つ。村も、人も、全部なくなってしまった。


 私の頭の中では、最後に見たシーミャンの笑顔が、浮かんでは消えていった。



『…………』



 泣いて、泣いて、泣いて……どれだけ、泣いただろう。

 泣き疲れた私は、壁にもたれてただただ、ぼう然としていた。なにも考えたくない……もう、私にはなにも残ってないのだから。


 私には、毎日三食の食事が届けられた。

 でも、その食事はどれもこれも腐ったようなものばかり。残飯のほうが、幾分マシだと思えるほどのもの。


 それを、時には無理矢理口の中に押し込まれる。

 私の処刑日が決まるまで、餓死させないためだ。他にも、自ら命を経つことがないように、見張りが立っている。



『ちっ、くせぇな……』


『ま、この仕事もあと少しだ』



 お風呂やトイレなんかもなく、見張りの兵士が顔をしかめるのを、私はもはや羞恥の感情もなくなった心で見ていた。

 もはや、どれだけの時間そこにいたのか……わからなくなっていた。


 私の処刑は、大々的に行う……勇者を殺したその罪を、大観衆の前で裁くのだと、見張りが言っているのが聞こえた。

 そして、さらに時間が経過した……



『おい、出ろ』



 私は牢屋に入れられてから、名前を呼ばれていない。おい、だのお前、だの……名前を呼ぶ価値もないのだと、言われているようだった。

 牢屋から出た私は、手錠に繋がれたまま……歩いた。裸足だから、足が痛い。


 どこをどう歩いたのか。

 しばらく歩くと、外の光がさしてきた。眩しくて、思わず一度目を閉じた。



『おい、さっさと歩け!』


『!』



 手錠に繋がれた鎖を引かれ、私の体は強制的に歩かされる。

 目の前には、木造の階段。それを、一歩一歩登る。


 頂上にたどり着くと……私は膝をつくように座らされ、下を見た。

 そこには……数え切れないくらいの、国民がいた。みんなが私を、見ていた。


 私を見て、そして……



『この人殺しー!』


『勇者様を殺しやがって! てめえが死ねー!』


『お前のせいで、なにもかもがおしまいだ!』


『だから"びと"を勇者のパーティーに……いや、この国に入れること自体、間違いだったんだ!』



 ……人々の憎悪が、私を包みこんでいた。

 その、向けられる敵意、いや殺意に私は、体が震えるのを感じていた。ここは、罪人を裁く処刑台だ。


 彼らは、自分たちを救ってくれるはずだった勇者を奪われた。奪った相手に怒りの感情を向けるのは、当然のこととも思う。

 そして勇者がいなくなったことで、被害が出ているのもまた事実だ。


 だけど……だけど、だ。私はそんなに、悪いのか? ひどいことをした……それは、認める。

 でも、誰も私の話を聞いてくれないじゃないか。私が勇者を騙し、挙げ句殺した……ただ、それだけの情報しか回っていない。


 私は、本当は……



『最期に、言い残すことはあるか』



 首筋に、刃が当てられた。首筋から、少し血が流れる。

 冷たく、鋭く……私の命を奪うための、もの。


 言い残したこと、か……ここで私が、真実を叫んだとしたら。

 やっぱりそれは、私の妄言だとして、切り捨てられてしまうだろう。王女が、まったく信じなかったように。


 誰も、私の言葉は信じない。だから……



『……そうか』



 だから、小さく、首を振った。


 真実を訴えても、きっと届かない。

 死ぬ前に言葉を残したい相手も、もういない。


 もう、つらい。もう、疲れた。


 世界を救う、勇者パーティー。その一員に選ばれたことに、私は舞い上がっていた。

 勇者に出会い、あの頃の私は確かに、勇者に想いを寄せていて。でも、王女も素敵な人で。お似合いだから、私は遠くから見ているだけで良かった。


 なのにあの日、勇者に誘われて……身体を、汚された。

 優しいと思っていた彼は乱暴で、痛いと叫んでもやめてくれなくて……まるでおもちゃみたいに、弄ばれて。

 捨てられたみたいに、目覚めた空間には誰もいなくて。


 されたことを訴えても、誰も信じてくれなくて。

 そしてついには、勇者をこの手にかけて。その結果、たくさんの人々を不幸にして。


 敵意を、殺意を、すべての悪意を私は、一身に受けている。

 だから……もう、疲れた。



『おぉー!!!』



 歓声が、上がった。それは、私の首を斬り落とすために、剣が掲げられたからだ。

 うつむいていた首を、少しだけ動かした。なぜだか、"そこ"だとわかった。


 建物の中に、国王と王女がいた。彼らがいったい、どんな表情をしていたか、覚えていない。

 あぁ、これが私の、人生の最期か。


 楽しいことは、あった。幸せなことは、あった。でもそれ以上に……つらい、人生だった。



『……もし』



 ……もし、生まれ変わることができたのなら。今度は、幸せな最期を、迎えたいなぁ……

 こんなことを、死の直前に願ってしまった。


 つらい人生だとわかっているのに。またこんな思いをすることがあれば、今度こそ耐えられないのに。

 生まれ変わることができたら、なんて。考えてしまった。


 まだ、人生に未練があったのか。それは、わからない。

 でも、願ってしまった。つらいことばかりだった人生を……それでも、やり直すことができたらな、と。


 だから、だろうか……



『く、くびっ……く、くっび……あ、ある……首、ある……!』



 本当に、人生をやり直せる機会が与えられたのは。

 あの日、勇者を殺す前の時間にまで舞い戻り……やり直しの機会を得ることができたのは。

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