第15話 勇者殺しの理由



『少し、付き合ってくれないか?』



 そう言った勇者は、じっと私を見る。


 前の時間軸の私は、その誘いに胸を高鳴らせて、オーケーしたんだっけな。

 もし、あのとき私が、首を横に振っていたら……


 だから……


「申し訳ありません、勇者様。今日はちょっと……」


 私は、断った。

 頭を下げて、腰を折って……断るにしても、できるだけ相手が不快にならないように。


 誘いを断った態度が悪かったら、逆恨みをされるかもしれない。

 だから、できるだけ丁寧に、断るんだ。


「なにか、用事か?」


「そんなところです」


「いったい、どんな? 俺に出来ることなら、協力するぞ」


 だけど、勇者は引き下がらない。

 それも、当然か……勇者にとって、自由に動けるのは今日からの三日間だ。


 それは、国王やメイド……いや、王女がこの国から、いない期間。

 その間、勇者はこれまでよりも自由に動ける。


「いえ、勇者様のお手を煩わせるわけには、いきませんので」


「釣れないなぁ。今じゃ二人だけの仲間だろ?」


「……」


 この国に三人集まっている、神紋しんもん勇者。王女がいなくなったことで、今この国にいるのは私と勇者だけ。


 この男にとって、王女は自分を好いてくれる女であり……その逆は、どんな気持ちを抱いているのか、わからない。

 それでも、王女は勇者に夢中だ。


「仕方ない、強引に迫っても警戒させるだけか。

 けど、なにかあればすぐに言えよ」


 もっと食い下がるかと思ったけど、わりとあっさりと引き下がった。

 あんまりしつこくしても、私の機嫌を損ねるだけだと、察したのだろう。


 人の感情に機敏、ということだろうか。

 それにしても……"強引に迫っても警戒させる"か。


「……っ、どの口が」


 去っていく勇者の背中を睨み、私は勇者とは反対方向に歩き出す。


 用事なんて、当然ない。強いて言えば、旅の準備だけど……それは勇者の誘いを断る理由には、ならない。

 これは、勇者とは二人きりにならないための、口実だ。


 だけど……


「三日間……」


 王女たちが帰って来るまでの三日間……この間に、勇者は行動を移そうと、しているはずだ。

 今日を乗り切ったとして。三日の間であれば、今日でなくても勇者に誘われる可能性は残っている。


 もしかしたら、じれた勇者が力づくで……なんてことも、考えられる。



『い、いや! いやです! こ、こんなこと……! 勇者様、やめてください!』



「……!」


 ぞっと、寒気がした。

 "あの時"のことを、思い出してしまったからだ。くそっ。


 勇者が力づくに、なんてことも考えられる以上……人目のあるところを、歩く必要がある。

 大衆の前では、勇者も強引な手段には出られないはずだ。


 そうだ、大丈夫、大丈夫……



『いやぁああ! だめです、勇者様! こんな、こと、人として……! っ、ゆ、勇者様が、こんな方だったなんて……みんな、が、王女様が、知ったら、どう思うか……!?』


『なら……言ってみろよ。俺は止めないぜ』


『っ……え?』


『くくっ、けどさ……平民のお前と、世界を救うために召喚された勇者おれ。果たして世間は、どちらを信じるかねぇ?

 それに、お前は"びと"ってやつなんだろ? みーんなから嫌われてる、世界のお邪魔虫みたいな存在。そんな奴が、勇者に襲われましたっつって……素直に、信じてもらえると思ってんのかよ!』


『っ……そ、んな』



 ……忘れろ。忘れろ、忘れろ!


 体が、震える。自分で自分の体を抱きしめるけど、震えは止まらない。

 今までは、大丈夫だったじゃないか……なんで、今になって……!


「……いつ、勇者に迫られるか、わからない……から、かな」


 王女がいない、三日間。勇者がいつ、どんな手を使って迫ってくるか、わからない。

 だから体が勝手に、反応している。


 ……私は、平民で。それに忌み人で。誰になにをされても、文句は言えない。そんな立場だ。

 それが、神紋の勇者だって……そんなの、表向きの話だ。


 それに、私の体は、男の人から見ると、結構興奮を煽るようなものだったみたいだ。それも、いけなかったのかもしれない。


 …………あの日、私は勇者に押し倒されて、服を剥ぎ取られて、そして……



『いやぁあああああああああ!!!』



「……っ」


 そして私は……勇者に、身体を汚された。

 そのことを思い出してしまい私は、吐き気を催した。口を押さえ、なんとか気持ちを落ち着かせる。


 一時は、確かに私は……勇者に対して、恋心のようなものを抱いていた。"忌み人"だからと、落ち込む私を励ましてくれた勇者に。

 強く優しい、彼に。


 けれど……今ではもう、なんとも思っていない。

 いや、なんとも思っていないのは間違いか。なんとも思っていない相手を殺してやろうと……実際に殺すことなんて、するはずがないのだから。


「……異世界の勇者、か」


 私は神紋の勇者、彼は異世界の勇者。

 当然、彼の方が勇者としての"価値"は高く……替えの利かない、存在だ。私の発言など、いや存在など……彼と比べるまでもない。


 悔しいけど、彼の言った通りだった。いくら神紋に選ばれたからといって、平民の……"忌み人"の私の発言は、ないものと同じだった。

 私の気持ちは、言葉は……誰にも、届いてはくれなかった。

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