第14話 運命の日



 ……私がこの城についたその日の夕食は、豪勢だった。

 国王曰く、私の歓迎会だとか。私みたいな平民にも、そんなことをするなんて……


 ……それはきっと、体裁のためなんだろう。神紋しんもんの勇者である私をもてなさないのは、沽券こけんにかかわるから。


「さあ、たくさん食べてリィンさん!」


「私なんかのためにこんなに……ありがとうございます!」


「なんか、なんて自分を卑下するのはダメよ」


「そうだぞ。これから、リィンに助けられることもあるだろうしな」


 なんて、私を持ち上げるように勇者と王女が言う。

 今まで、自分が必要だなんて言われたことのなかった私は、それに対してすごく気分がよくなったものだ。


 こんなに良くしてもらっているんだから、頑張ろうと……純真な、心で。


「はい、がんばります」


 私は、前の時間軸の行動をなぞり……その後も、時間を過ごしていく。

 不思議なことに、この時なにをしたか……考える前に、体が動く。


 一度、旅の疲れで眠ってはしまったけど……それ以降は、気を抜かないように気をつけた。


 それからの日々は、旅に備えての訓練だ。

 体を鍛え、まずは旅を続けるだけの体力をつける。同時に、私の"猛獣使い"としての能力も、鍛えていく。


 "猛獣使い"は、発動になにか特殊な力がいるわけではない。

 条件は、ただ一つ……操りたいモンスターに"手で触れる"こと。そうすることで、私の思った通りの行動を取るようになる。


 ただ、当然ながらそれはかなり難易度が高い。触れられなければ効果はないから、空を飛んでいるモンスターなんかには無意味だ。

 それに、おとなしいモンスターならばいいけど。凶暴なものは、そう簡単にはいかない。


「……ふぅ」


 勇者パーティーメンバーとしての訓練……それ以外では、勇者王女に連れられて王都を巡る。

 特に勇者は、しきりに私を誘ってきた。

 本当なら断りたかったけど、その時までは安全だからとうなずいた。


 できるだけ、前の時間軸の行動をなぞり……そんなこんなで、日にちは過ぎ去っていく。

 そして、ついに……


「今日、か」


 朝起きて、窓の外を見る。

 日が昇りはじめ、小鳥のさえずりが聞こえる。実にいい朝だ。


 私が王都に来てから、四日後……今日も、素敵な一日になる。そう、思っていた。

 でも、今日は……運命の日だ。


 今日、私は……前の時間軸での私は、勇者を殺すことになる原因にぶち当たることになる。


「殺すのは、もう少し先だっけ……」


 今日の出来事がなければ、私は勇者を殺そうとは思わなかった。



 コンコン



「リィンさん、起きてますか?」


 扉が、ノックされる。外からは王女の声。

 ……そうか、今日このあとから王女は、いないんだったな。


「はい、おはようございます」


 私は、扉を開ける。

 部屋の外にいた王女は、いつもよりもきれいな格好をしている。


 まあ、いつもきれいなんだけど……身に纏っているドレスが、とても高価だ。平民の私にも、わかる違いだ。

 王女が、いわゆる外行きのドレスを着ているのには、わけがある。


「どこかへ、出かけるんですか?」


「ええ。実は、今日から隣国へ挨拶回りに行かなければいけませんの」


 そう、王女は今日からの三日間、この国からいなくなる。

 勇者パーティーメンバーとはいえ、王族には王族としての責任があるみたいなのだ。


 国王と王女と、そのメイドのフェーゼと……他にも、何人か。


「そうなんですか……寂しいですね」


「私もよ。せっかく仲良くなれたのに、別れるなんて」


 これは、本心ではない。おそらく王女も。

 だけど、王女がいないせいであんなことになったのなら、王女がいないのは私にとってとんでもない痛手だ。


 王族の役割を、私の一言で止められるはずもない。

 王女はこの国からいなくなり、その初日である今日……勇者が、行動に移す。


 王女の目が、そして王女の想いを知っているフェーゼの目がなくなるこのときこそが、勇者にとってチャンスなのだ。


「寂しいですが、お仕事なら仕方ないですよね。頑張ってください」


「ふふ、ありがとう。リィンさんも、しっかりね」


 それから、朝ご飯を食べて……一行の出発を、私たちは見送る。

 そこには当然、勇者もいた。


「勇者様……!」


「おっと」


 馬車に乗る直前、王女は走り……見送る位置にいた勇者に、抱きついた。

 人前であるというのに、大胆なことだ。


 ここには私以外にも、お城の人たちや国王の目もある。


「おいおい、みんな見てるぞ?」


「だって、寂しくて……」


「あぁ、俺もだよ」


 それは、まさしく二人だけの世界。

 誰も、国王さえもなにも言えない。


 二人の抱擁は、しばらく続き……どちらともなく、離れていく。

 そして名残惜しそうな表情を浮かべながらも、王女は馬車へと乗り込み……馬車は、馬に引かれて動き出す。


 私たちは、それを見送った。

 馬車が見えなくなるまで、みんなその場から動かず……そして、一人また一人と、散っていく。


 残ったのは、私と勇者だ。


「行っちまったか」


「ですね」


「なあ、リィン」


 二人だけの空間となり、勇者が口を開く。

 そして、私を見て……


「少し、付き合ってくれないか?」


 運命の日、そして運命のとき……勇者はついに、切り出した。

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