第13話 勇者と王女と平民



 勇者、カズマサ・タカノ。メイドのフェーゼは、彼を部屋へと招き入れる。

 勇者は部屋に足を踏み入れると、部屋の中を見回し……私と、目があった。


「お、リィンまでいるじゃん。もしかして俺、お邪魔だった?」


「いいえ、とんでもないですわ。ね、リィンさん?」


 部屋には、部屋の主である王女と、そのメイドであるフェーゼ以外に私がいる。

 私を部屋に入れているということは、なにか話しでもしていたのだと予想できる。


 私を部屋に招き、さらには部屋の中央にはテーブルに置かれたお茶菓子。

 お茶会をやっていたのだと思っても、不思議じゃない。


 まあ、お茶会はしていないわけだけど。


「えぇ、もちろん」


 王女が、私に同意を求めてくる……勇者が、お邪魔などではないだろう、と。

 それを拒否することのできない私は、笑顔を作ってうなずいた。


 ……ちゃんと、笑えているだろうか。


「そう? リィンとなにか話していたんじゃない?」


「リィンさんの、昔話を聞いていたのですわ。

 それよりも、私になにか御用ですか?」


 勇者の登場に、王女の態度はわかりやすく明るくなる。


 今更確認するまでもないけど……王女は、勇者のことを好いている。

 人としてでだけでなく……男としてだ。


 そして勇者もまた、王女の好意に応えていた。

 異世界の勇者と、一国の王女。片田舎の平民の私からすれば、それはもう雲の上の組み合わせだ。


 王女が相手では、私など勝ち目がない。前の時間軸の私は、そう思っていた。


「まあ、用ってほどじゃないんだけどな。ただ、リミャの顔が見たくなって」


「まあ、嬉しい」


 勇者は、王女のことは名前で呼ぶ。ただ、公の場所では立場上、王女様と。

 それでも、気が緩んでるときとかは、名前で呼んでしまうこともあると、言っていた。


 勇者の言葉に、王女の気分は上々だ。

 幸せオーラが丸わかり、といった感じだ。もしも、これが勇者の計算だとしたら、たいしたものだ。


「ねぇフェーゼ、勇者様も来たことだし、やっぱりお茶会はだめかしら?」


「だめです」


 うるうるとした瞳を、王女はフェーゼに向ける。それでも、フェーゼの態度は揺るがない。

 そんなフェーゼを、勇者はさりげない視線で見つめていた。


 凛とした佇まいの彼女は、女性にしては背が高く、スラリとした体型だ。

 前の時間軸では、私がお城の大浴場を味わっている時に、一緒にお風呂に入ってきた。女性としての起伏には乏しいけど、脱いだら女性らしい身体つきだ。


 自分も平民上がりだから気にしないでいいと、私に言ってくれたものだ。

 彼女に関しては……私が勇者殺しの罪を犯した日から、会っていない。


 だから彼女が、私に対して本当はどう思っていたのか、わからない。

 王女と同じように私を蔑んでいたのか、それとも……


「? どうかしましたか?」


「あ、いえ、なにも……」


 いけない。無意識のうちに、フェーゼのことを見ていたようだ。

 彼女が私のことをどう思っているのかは、一旦置いておこう。


 それよりも……勇者がこの部屋に来たのは、本当に王女に会うためなのか。

 ……会うためなんだろうなぁ、あの顔は。


「……」


 勇者は、誠実な人というイメージがあった。王女に好意を寄せられ、また自分からもその好意に応えて……

 あんなことがあるまでは、そう思っていた。


 この男は、王女の好意を受け入れ、自分も王女を愛している……にも関わらず、他の女にも、手を出している男なんだ。

 その、他の女っていうのが……


「お、どうかしたかリィン。そんな熱心に見つめて」


「いえ、勇者様の神々しさに、ただ見惚れていました。人として素敵だなと」


「なんだよ、照れるなー」


 この男……王女の前で、余計なことを言うな。

 王女は、基本的に私には優しい……勇者関係のこと、以外なら。


 王女が私に男のタイプを聞いてきたのも、勇者に対して妙な感情を抱いていないか、それを確認するためだ。

 そんな王女の前で、勘違いするようなことを言ってくれるな。ほら、王女が私を睨んでる。


 だから私は、勇者のことは人として素晴らしいと思っている、と強調した。


「……」


 それを受けて、王女の表情は和らいだ。

 男として好いていると答えては、王女に敵として認識される。けれど、勇者を蔑ろにするのも、それはそれで王女の機嫌は悪くなるのだ。


 だから、勇者の人間性を褒める。

 私の好きな人はこんなにすごいんだ。……そう思わせることで、王女の承認欲求は満たせる。


「俺はそんなたいそうな人間じゃないって」


「いいえ、勇者様は素晴らしいお方ですもの」


「それを言うなら、リミャこそ。その年で、一国の王女としての責務を全うしているなんて。尊敬する」


「まあ」


 勇者は王女の腰を抱き、王女は勇者の顔をうっとりと見つめる。

 こいつら人が近くにいることを忘れてるんじゃないだろうか。


 勇者がこの世界に召喚されたのは、私がこの国に来るよりずっと前だ。

 王女と親密になったのが、その頃からならば……二人はすでに、恋人として長いこと生活していることになる。


 まあ、立場上恋人と宣言するわけにも、いかないのだろうけど。


「……」


 フェーゼは、主のそんな姿を見ても、なにも言わない。

 私は……二人のその姿に、なぜだか心がざわついた。

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