第12話 差別がない世界



 王女、リミャ・ルドルナ・ロベルナに連れられて私は、彼女の部屋へと訪れた。

 お茶会だということで、部屋の中央に置かれたテーブルには、お菓子が置かれている。


「ごめんなさいね、本当はお菓子を食べながらお話したいのに……」


「今の時間帯にお菓子を口にしては、夕食が入らなくなりますので」


「もー、ケチ。

 ……ね、せっかくリィンさんを連れてきたんだから、ちょっとだけ」


「だめです」


 どうやら、王女はお菓子とテーブルを用意したけど、メイドのフェーゼに止められたらしい。

 きっと、内緒で用意していたけど見つかって……ってところだろう。


 片付けていないのは、フェーゼの気が変わるのを期待しているのだろうか。


「ま、いいわ。私、あなたのお話を聞きたいわ」


「……私ですか?」


 前の時間軸でも、王女は私に対して興味を抱いていた。

 ただ、それは私という人間に対して、というより……


「えぇ。どんな暮らしをしていたのかしら。なにを食べて、どういったことをして過ごしていたのか」


 ……平民という人種に対してだ。

 この王女は、平民に対して興味がある。王族という立場上、関わるのは同じ王族か一部の上流貴族だ。


 平民と関わることは、まずない。だからこそ、平民について知りたいのだ。


「面白い話は、ないですよ?」


「構わないわ。私は、リィンさんのことが知りたいんですもの」


 私のことが知りたいと、そう言う王女の言葉に、前の時間軸の私はひどく感動したものだ。

 この人は、私に興味を持ってくれている。そう、思い込んでいろんな話をしたのだ。


 この人はただ、平民のことを知りたいだけなのだ。

 それも、受け取り方次第で印象は変わる。


「私は、平民も貴族も、差別がない世界を作りたいの」


 そう語る王女……差別がない世界とは、私にとってはあまり実感のないものだった。

 だって、カロ村を出るまで、差別なんてそんなものを受けたことがなかったのだから。


 差別をわかったのは、この国に来てから……平民であることや、この髪の色のことについてだ。


「それは、素敵ですね」


 この人は、差別がない世界を作りたい。だから、平民についてより多くのことを知りたい。

 実現するために、自分が知らないことを知る努力。それは素晴らしいものだ。


 ただし……王女が、私が思っている気持ちでいてくれるとは、限らない。


「面白くない話で良ければ、恥ずかしいですが」


「そんな、恥じる必要なんてないわ」


「では……」


 そして私は、話し始めていく。生まれ育った村のことを、たくさん良くしてくれた故郷の人たちのことを……

 私の幼馴染で、親友のことを。


 話している相手が王女だというのに、懐かしい話をしているせいか私の声色は、明るかった。

 それを王女は、相づちを打ちながら聞いていた。


 人の話を聞く……これは、王女が得意としていることだ。

 タイミングよく相づちを打ち、時に笑顔を浮かべ、声を高くして反応してくれる。喋っているこっちが、気持ちよくなるのがわかる。そうとわかっていても。


「そう、なんだかとても楽しそうね」


「はい。小さいけど、すごく幸せでした」


 この人は本当に、平民のことを考えて、私の話を聞いてくれている……そう、思っていた。

 でも、それは違った。これは、後にわかることだけど……


 差別がない世界を作りたいといっているこの女が、実際には差別をしている……それを、私は知っている。

 これまでのやり取りにだって、引っかかるものはある。


「なら、故郷から離れて寂しいでしょう」


「それは……そうですね。でも、私なんかの力が役に立つのなら、がんばりたいです」


「まあ、素敵な心がけね。

 ところでリィンさんは、お好きな男性のタイプはあるのかしら?」


 ……やっぱり、か。私の話を聞いて、私がだいたい心を開いたと判断して……これを、聞いてくるのだ。

 私の、好きな男のタイプ。


「それは、考えたことがありませんね」


「本当? 故郷の村に、想い人を残してきたんじゃなくて?」


「そういうのは、よくわからなくて」


 その瞬間、王女の目が少し光った……ような気がした。


 王女が、私にこんなことを聞いてくるのには、理由がある。前の時間軸の私は、それがなんのことかわかってなかったけど。

 その理由は……



 コンコン



 そのとき、部屋の扉がノックされる。

 みんなの視線が扉へと向き、フェーゼが王女にアイコンタクトを送る。


 王女は、小さくうなずいた。


「はい、どちら様でしょうか」


「俺だ、カズマサだ」


「! カズマサ様!」


 扉の向こうの声を聞いた瞬間、王女の表情が輝く。

 ベッドを立ち、扉へと向かうが、フェーゼがそれを止める。


「いけません、姫様。私が開けます」


「いいのよ。カズマサ様は私が出迎えるわ」


「誰であっても、姫様が不用意に扉を開けてはいけません」


 早く勇者を出迎えたい王女だが、頑ななフェーゼの態度に頬を膨らませた。

 フェーゼの意見も、まあわかる。王女という立場上、おいそれと人を部屋に招くわけにはいかない。


 ここはお城で、フェーゼが警戒するような人はいないとは思うけど。


「ですが……」


「ここで言い合っている間にも、勇者殿を待たせていることになりますが?」


「ぬ……わかったわよ」


 王女とメイドという立場とはいえ、発言の強さはメイドの方が上らしい。姉妹の姉って感じだ。

 この関係は、見ていて少し微笑ましくもある。


 渋々納得した王女を確認し、フェーゼが扉を開けた。


「おまたせして申し訳ありません、勇者殿」


「いや、いいよ。てか、会話の内容聞こえてたし」


 扉を開けた、その先に……爽やかな笑顔を浮かべた、勇者の姿があった。

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