第9話 勇者との対話



 案内された先で、並べられていた料理の数々。まるでパーティーだ。

 私と王女、そして勇者は料理をいただくことに。


 バイキング形式で、自分で好きなだけ取っていくタイプだ。

 たくさんの料理を出されるより、自分のペースで食べられるので、私はこっちのほうが好ましい。


「はぁ、食べた食べた」


 料理の時間を終えると、私は城の一室に案内される。

 私……というより、神紋しんもんの勇者のために用意された、部屋なのだろう。王の間ほどの大きさはないけど、それでも充分に大きい。


 カロ村で暮らしていたときは、小さな部屋だった。あっちのほうが、落ち着くのはそうだけど。


「はぁ、ふかふか」


 私はベッドに横になり、その感触を確かめる。

 ふかふかベッドは、今まで使っていたものとは天と地ほどの違いがある。


 やっぱり、王様の住んでいるお城だけあって、いろいろ豪華だ。

 部屋だけじゃない。料理も、神紋の勇者のために用意されたもの。


「……勇者……」


 少し落ち着くと、私の頭の中に浮かぶのは……勇者の顔だ。

 異世界の勇者、カズマサ・タカノ。彼こそが、魔王を倒し世界を救うために召喚された男だ。


 勇者っていうからには、はじめ私は物凄くゴツい男をイメージしていた。

 でも、実際に会った彼は全然違った。ひょろっとした体に、けれど程よく筋肉がついている。


 年だって、私と一つしか違わない、十七歳だ。

 彼が言うには、その頃の年齢の男女は、学校という施設に通って勉学に励むらしい。

 学び舎、というやつか。


「私は行ったことはないな……」


 この世界にだって、そういう施設はある。この国にも。

 けれど、カロ村には学び舎なんてなかった。小さな村だしね。


 彼の話してくれた、向こうの世界の話……それはとてもおもしろくて、まるで夢物語じゃないかと、思えるほどだった。


 ……そう、彼は私に、いろいろな話をしてくれた。

 あの男は、ほとんどを王女と過ごしていた。いや、王女が彼に着いていった、と言うほうがいいかな。


 そんな彼が、一人自由になれる時間がある。それが……



 コンコン



「リィン、ちょっといいか?」


「……来たか」


 扉がノックされ、外から勇者の声が聞こえた。

 考えるまでもない。部屋の外に、彼がいる。


 勇者が私を訪ねてきたのだ。


「はい」


 私は、これを知っている。前の時間軸でも、王都に来た初日に、彼が私の部屋を訪ねてきたからだ。


 これは後から知ったんだけど、この時間帯王女は教会へ『祈り』に行っているみたいだ。

 一人で行く決まりのそれは、勇者が王女から解放される時間でもある。 


 私は、扉を開ける。


「よ。悪いないきなり」


「いえ」


 扉の向こうにいた、黒髪の男。私よりも身長の高い彼を、私は見上げる形になる。

 にこっ、と爽やかな笑顔を見せている。私も笑顔で返す。


 ……うまく、笑えているだろうか。


「どうかしましたか?」


「いや、せっかく同じ勇者パーティーになったんだから、仲を深めとこうと思ってな。

 部屋、入ってもいいか?」


 仲を深める、か……この時、私はもっと疑問に思うべきだったんだ。

 親交を深める場なら、今後いくらでもある。わざわざ、彼が部屋に来る必要なんてない。


 それに、今思えば……王女がいないときを、狙っていたのだろう。


「どうぞ」


 それがわかっていて、私は勇者を部屋に招き入れる。

 その理由は、わかっているからだ……この時点では、まだなにも起きないことを。


 部屋に招き入れた勇者を、ベッドに勧める。

 私は、適当に座布団を床に敷いて、座る。


「リィンも、ベッドに座ればいいのに。リィンの部屋なんだからさ。

 むしろ、俺が床に座るよ」


「いえ、お構いなく」


「んん。それに、敬語とか使わなくていいって」


 フレンドリーに接してくる勇者に、私は……前の時間軸の私は、心を許していった。

 それが勇者の計算なのか、それとも無自覚なのかはわからない。無自覚なら、大したものだ。


 結局前の時間軸の私は、二人の時はタメ口で話す……と約束したものだ。


「私は平民で、それに"びと"ですから。勇者様に、そのような言葉づかいをするわけにはいきません」


「うーん……正直、貴族とか平民とかよくわかんねえんだよな。俺のいた世界……少なくとも国じゃ、そんなのなかったし。

 それに、その……いみびと、ってのも、よくわかんねえよ。髪の色が違うだけだろ?」


「……!」


 ……ここは多分、勇者の本音なのだろう。

 後々聞いた、勇者の元いた世界の話。そこには、貴族も平民もおらず、人はみんな平等らしい。


 髪の色でどうこう言う人も、いない。黒い髪だらけの国。むしろ、自ら髪の色を変えたりする人も多いのだとか。


「これは……私にも、どうしようもないことです。生まれたときから、この色なので」


「国王様とかリミ……王女とかは、リィンに普通に接してたと思うけどな」


「それは、表向きそう振る舞っているだけです」


「ふぅん……髪の色くらい、気にしないでいいと思うけどな」


 勇者は、私に寄り添うような言葉を、続けてくれる。

 こうして話を続けているうちに、私は次第に勇者のことを……


 ……でも、それが間違いだった。私が勇者に対して隙を見せなければ、少なくともあんなことが起こるのは、防げたと思うから。


「あ、すげー今更だけど、リィンって呼んでいい?」


「お好きに」


「俺のことは、カズマサでいいからさ!」


 ……まったく……全部わかった上で接していると、なにもかもが嘘っぱちに、見えるな。

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