第5話 希望ある未来へ



 私が、死に戻りしたという事実。これは、誰にも知られてはならない。

 知られてまずいことがあるわけではない。が、逆に知られてもまずくないとは言い切れない。


 もし、私が死に戻りをした……いや、いわゆる未来を知っているのだ、と誰かに知られたしよう。

 誰かにそれが伝わってしまえば……その結果、未来が変わってしまうかもしれない。もちろん、勇者を殺してしまう未来は変えなければいけない。


 でも、必ずしも未来がいい方に変わるとは、限らない。

 私が"すでに未来を知っている"……という時点で、もうすでに未来は変わりつつあるとも言えるけど……


「せめて、最小限に……」


 私も、できるだけ前回の行動をなぞり、その上で勇者には気を付ける。

 できることは、それくらいだ。誰かに話して、未来が思わぬ方向に変わるのは、避けなければいけない。


 まあ、そもそも、私が勇者を殺す……なんて、言っても誰にも信じてもらえないだろう。

 たとえ、そうしてしまった理由を話したとしても……だ。


「リィン、今日どうかしたの? なんだか様子が変だけど」


 考え事をしていたせいで、シーミャンに心配をかけてしまった。

 できるだけ、いつも通りを装っていたつもりだけど……いつも一緒だったシーミャンには、気づかれていたみたい。


 ……いつも通り、か。"今日"は、私にとって数ヶ月も前のこと。ちゃんと、この村で過ごしていた通りに動けていただろうか。

 シーミャンに、なんて答えようか。


 まさか、正直に「実は未来に起こる勇者殺しを避ける方法を考えていたんだよ〜」なんて言えるはずもない。


「あ、明日のことを考えてたら、緊張しちゃって」


「明日……それもそうか。明日、なんだよね。

 ……頑張りなよ。……でも心配だな。リィン、結構抜けてるところあるから」


「あはは……」


 お昼は仕事をして、夜はご飯を食べてお風呂に入って……

 あとは、寝て起きたら……明日の昼くらいには、王都からの迎えが来る。来てしまう。


 明日のいつ、迎えが来るのか。シーミャンは知らない。

 でも、明日迎えが来ることは、シーミャンも知っている。


 今日が、二人で過ごす最後の夜だということも。


「ねぇ……今日は、一緒に寝てもいいかな」


「! なによ急に……ま、いいけど」


 今日が、シーミャンと過ごす最後の夜……には、しない。絶対に。あんな悲劇は、もう二度と。


 いつもは、それぞれの部屋で寝るけど。今日は私のお願いで、一緒のベッドで寝ることにした。

 前の時間では……どうだったっけ。明日お別れすることになる私を気にして、シーミャンの方から一緒に寝ようと、誘ってくれた気がする。


「でもなー、今朝みたいに吐かれでもしたら、たまんないしなー」


「! そ、それは忘れてよ!」


「んはは、冗談だよ」


 ……少なくとも、私がこの村で過ごした、最後の夜。それを、シーミャンと一緒のベッドで過ごす。

 これを、最後にしないために。私は、未来を変えるんだ。


「おやすみ、シーミャン」


「おやすみ、リィン」


 私たちは、どちらからともなく……手を繋いで。眠りについた。



 ――――――



 ……ちゅんちゅんと、小鳥のさえずりが耳に届く。暗闇の中に落ちていた落ちていた意識が、ゆっくりと覚醒する。

 昨夜のような夢を見ることはなく、私は目覚めた。あれは夢じゃなく、現実にあったこと、なんだけど。


 隣では、シーミャンが寝ている。普段勝ち気な彼女だけど、寝顔はとてもかわいい。

 このかわいい顔を、守るんだ。今度こそ絶対に。


「ん……あれ、リィン。おふぁよ……」


「おはよ、シーミャン」


「先に起きてたかー、くそー」


 手は、繋いだままだった。シーミャンは恥ずかしそうにしていたけど、私は嬉しかった。

 だから、ぎゅっと手を握ったら、シーミャンはさらに恥ずかしがっていた。


 ……今日は、運命の日。王都からの迎えにより、私はこの村を出る。

 そして王都で勇者と出会い……未来で私は、勇者を殺すことになった。


 もう、あんな思いはしないために。私は……!


「っ、リィン?」


「! ごめん、顔洗ってくるね」


 いけないいけない、シーミャンの手を握る手に、力が入ってしまっていた。気をつけないと。


 ……他にも、私が気をつけなければいけないこと。未来を変えるために動かないといけないけど、前回よりも悪い未来に行くようなことがあってはいけない。

 あれより悪い未来があるかは、ともかくとして。


 勇者を殺したあの未来を回避するために、私には気をつけるべき事がある。そのため、できるだけ前回と同じ行動を取りつつ、悪い方向に行きそうな事態は回避する。


「王都に行ってからが、勝負……か」


 顔を洗いながら、考える。


 私は、この村でも前回の行動をなぞってきたつもりだ。でも、目覚めてから旅立つまで、一日とちょっとしかない。

 それに、事が起こるのは王都だ。


 つまり、真に気をつけなければいけないのは……王都に行ってからの、行動。

 王都でなにを行動するかによって、その後の未来も大きく変わる。


 そう、変えてやる。あの絶望的な未来を。変えてやる、あの悲劇を。

 またみんなで笑い合うために。ここに帰って来るために!


「今日は私の当番か。景気づけに、豪華な朝飯にしてやる!」


「うわ、楽しみ!」


 朝ご飯の準備をするシーミャン。彼女の作るご飯は、絶品だ。

 もう二度と、食べられないと思っていた……それが今、こうして、食べることができている。


 そして、これからも……これからも、私はシーミャンのご飯を、食べるんだ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る