第4話 勇者殺しの末路



 せっかく死に戻りしたのに……生前の行動をなぞれば、私はまた、勇者を殺して殺されてしまうだろう。


「そんなの、やだ……私は、幸せに生きたいんだ」


 先の展開がわかっているのなら、まずそうなことにはまず近寄らないことだ。

 一番いいのは、王都に行かないこと……でも、明日には王都からの迎えが来ると言うのだ。


 王都からの迎えを突っぱねたら、どうなるか?

 これは聞いた話だけど、神紋しんもんによる招集は、絶対らしい。逆らえば、どんな目に遭うかわからない……

 私だけならばともかく、この村にまでなにかあったらと思うと、行かない選択肢はなかった。


 せっかくなら、神紋が出る前まで戻ればよかったのに……


「まあ、そんなことを言っても仕方ないか」


 こうして死に戻りしたこと自体が、奇跡みたいなものなのだから。

 それに、そこまで戻れたからって、神紋が刻まれる運命は変わらない。


 ……運命、か。これが、生前の行動を繰り返されるものであるなら。私が勇者を殺す運命も、変わらないのか?

 ……あれを運命と言って、いいのか。事故じゃない。私は私の意思で、勇者を殺したんだ。


 簡単なことだ。あんな結末を迎えないためには、勇者を殺さなければいい……

 ……それだけ、なんだ……


「ふぅーっ、朝から動いた動いた。

 リィンー、ご飯まだー?」


「もうちょっとだよ。先に、汗流してきなよ」


「うーい」


 一仕事終えたシーミャンは、戻って来るなりそのままお風呂場へ。

 私も、シーミャンが出てくるまでに、手早く朝ご飯の準備を済ませないとな。


 ウチで飼っている鳥が産んだ卵を使った、だし巻き卵だ。それを、火の魔石を使って熱していく。


「便利なものだよねぇ」


 魔石……周囲に存在している魔素を、取り込んだ石。魔石にはそれぞれ属性があり、今使っているのは火の属性を持つ魔石だ。

 これがあれば、私たち平民でも、魔法のようなものが使える。ありがたい話だ。


 魔法は、この世界では常識みたいなもの。だけど、魔法を使える人間とそうでない人間とで、明確な違いがある。

 それが、貴族か平民の違い。簡単に言ってしまえば、魔法を使える人間は貴族、魔法を使えない人間は平民。


 これは、人間の体内に、魔力貯蔵庫と呼ばれるものがあるかないかで決まるという。

 人間は生まれたときから魔力を持っているけど、それを貯めることで魔法が使えるようになる。

 貯蔵庫がなければ、ただ魔力を外へ垂れ流し、それは空気中の魔素として変化する。


 また、魔力貯蔵庫のあるなしは、基本遺伝によるものだ。

 だから、貴族が子を生めば魔法が使える子が生まれるし、平民が子を生めば魔法が使えない子が生まれる。

 貴族と平民が子供を生んだら……と気にはなるけど、そこまでは私も知らない。


「ふはぁー、さっぱりした」


「ちょうど、完成したよ」


 お風呂から上がったシーミャンは、並べられただし巻き卵とサラダ、そしてパンを見て目を輝かせる。


 火と水の属性魔石で、お湯を生み出すことができる。

 それで髪を流したシーミャンの髪は、まだ少し濡れていた。


「もー、まだ少し濡れてるよ」


「ん? あはは、ありがとー」


 ……こうして、シーミャンと楽しく過ごせるのも、今日が最後だ。いや、最期だ……前の、時間軸では。このあたたかな空間を、笑顔を、私は奪ってしまった。

 私が王都に行って、それから勇者と出会って……彼を殺して、牢屋に入れられて。


 そこで、聞いたのだ。

 魔王の配下、魔族の軍勢が暴れ出し……その結果として、私の故郷であるこのカロ村が、壊滅したのだと。

 生き残りは、いなかったという。



『はっ、ざまあないな人殺し。これがお前がやったことの報い……その一端だ』



 それを聞いて私は、絶望した。だってそうだろう。

 私が勇者を殺したことで、魔王討伐の旅には大きな見直しがあった。勇者は死に、神紋を受けた私は投獄……すると、どうなる?


 当然、魔族は野放しだ。計画通りに旅に出ていれば、より多くの魔族を倒せていたはず。なのに、そうはならなかった。

 魔族の暴走を止めるはずだった勇者を、私が殺した。だから……魔族の暴走を止める者がおらず、結果としてこの村は、滅んでしまった。


 この村だけじゃない。きっと、他にも、たくさん……たくさんの村が、町が、国が。そしてそれ以上の、人々が。

 あんなに憎まれて、恨まれるのも当然だ。投げつけられた石の硬さを、お腹を蹴られた痛みを、私は忘れない。忘れられない。



『一丁前に落ち込んだ表情を浮かべるな、"びと"が!』



 兵士たちの、言う通りだ。私に、落ち込む資格なんてなかった。

 あのときの私は……


「? リィン、どうかしたかい?」


「! な、なんでもない! さ、食べよ! いただきます!」


「? うん、いただきまーす」


 少し考えれば、わかることだった。勇者を殺せば、どうなるかくらい。

 でも、当時の私は……そんなこと、考える余裕もなかった。ただ、彼に対する感情が、抑えつけられなくて……


 ……でも今回は、そんなことはあってはならない。

 勇者は、必要なんだから。この世界に……必要、なんだから。

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