第3話 死に戻りの現実



「っ……あれ、は、本当に夢? それとも……」


 右手に刻まれた神紋しんもん。指で触っても、当然消えはしない。

 ペンで書かれたものではないし、皮膚を抉って刻んだものでもない。あるとき、突然表れるのだ。


 ……夢の中で私は、人々から憎しみを、恨みを受け……最期には首を斬り落とされて、命を落とした。

 あれは、出来の悪い悪夢だと、思っていた。でも、悪夢にしては嫌にリアルすぎる。


 死んだと聞かされたのに生きているシーミャン。明日には来る王都からの迎え。そして神紋……

 これだけのことが、ただ夢で見ただけのもの、であるはずがない。


 もしかして、あれは夢じゃなくて……未来で起こる、出来事……

 いや……


「実際に、起こった出来事……?」


 夢で見たこと……全部、知っている……

 ううん、"経験している"。そうだ、この後私は……


 私は、王都に行って、勇者を殺して……その罪で、捕まって。最期には、たくさんの人の前で、殺される。

 そして、殺された私は、過去に戻った。死んで、戻る……"死に戻り"を、したんだ……!


「まったくもう、朝から面倒かけさせないでよね」


「う、うん、ごめんね」


 私が汚してしまった服と部屋をきれいにして、シーミャンは呆れたように声を漏らした。

 まさか朝っぱらから、自分が嘔吐したものを片づけてもらうとは……情けなくて、頭が上がらない。


 それから私は準備を整えて部屋を出る。向かう先は、キッチンだ。


「……いったん、整理しよう」


 シーミャンは、朝の草刈りに家を出たので、一人で考えるのにはちょうどいい。

 今日は、悪夢のせいで早く起きたので、ちょっと豪華な朝ご飯にしようかな、なんて思いながら、食材を確認する。


 ……私の名前は、リィン。そしてあの子は、幼なじみのシーミャン。年は二人とも、今年で十六。

 私たち二人とも、数年前に両親を亡くして、今は二人で一緒に住んでいる。家事は分担して、今日は私が朝ご飯の当番だ。


 ここは、カロ村という名前の村。小さな村で。住人はみんな顔見知りだ。

 二人で暮らしていけるのも、周囲の協力があってこそだ。


「……昨日もらったサラダ、か」


 朝ご飯の準備をしながら、私は記憶を引っ張り出す。


 小さな村だけど平和で、みんなで協力して、慎ましく暮らしていた。

 そんな村に、大きな変化が訪れる。その理由は……"今日"から数日前に私の手の甲に表れた、神紋によるせいだ。


 神紋。

 これは、世界の危機とやらに、選ばれた人間の手の甲に表れる紋様だ。


「……誰が選んだのか知らないけど」


 聞いた話だと、神紋は"神聖の儀"という儀式によって、選んだ人間に刻まれるのだとか。

 人の手の及ばない力、か。なんだかよくわからないけど、はた迷惑な話だよ。


 世界の危機とは、魔王と呼ばれる存在の出現を意味する。

 魔王を倒すために選出される、勇者メンバー。そのパーティーの一員である、証がこれだ。


 私のような平民が選ばれるあたり、平民とか貴族とかの差はないようだ。

 ……ただ、私の場合、少し特殊な平民だけど。


「……はぁ」


 自分の髪の毛を、触る。この、紫色の髪を。


 この髪の色は、どうやらこの世界では"びと"として認識されているらしいのだ。

 とはいえ、田舎であるこの村にいる間はそんな認識、自分の中になかった。


 だってみんな、優しいから。私を変な目で見ることはなかった。

 ただ知識として、私の髪の色は特殊だ、と聞いてはいた。


 自分の髪の色が異常だと本格的にわかったのは、外の人間と関わってからだ。

 王都からの迎えの兵士には、すごく嫌そうな顔をされたのを覚えている。

 今思えば、あれは私の髪の色を見てだったのだ。


 それに、王都内で陰口を叩かれることも、少なくなかった。


「……あの人、は……」


 肩身の狭い、思いをしていた。そんな私に、優しくしてくれたのは……異世界から召喚されたという、勇者だ。

 彼もまた、この世界では珍しい黒髪を、持っていた。向こうの世界では、むしろ黒髪が大多数だったみたいだけど。


 だからだろうか。私に、「髪の色が違うくらいなんだ」と笑い飛ばしてくれた。

 そんな勇者のことを、いつしか私は……


「…………でも、殺し、たんだよな」


 覚えている。私に優しい笑顔を向けてくれた勇者の顔を。

 覚えている。何度も、何度もナイフで突き刺して……自分の手の中で、自分よりも大きな体が、冷たくなっていくのを。


 やっぱりあれは、夢ではないのだ。実際に、あったことだ……


「っ……」


 まずい、思い出すな……せっかくシーミャンがきれいにしてくれたのに。また汚したら、今度こそ本気で怒られてしまう。

 空気を吸うんだ……深呼吸を繰り返し、落ち着きを取り戻す。


 ……さて、問題はだ。神紋の出現を察知した王都から、迎えが来る……それに従い、私は王都へ行く。

 このカロ村から、旅立ったはずなのだ。


 なのに私は、まだカロ村にいる。


「……ふぅ」


 そっと、首元に触れる。私の首は、ちゃんとくっついている。

 信じられないことだ……だけど、私は首を斬り落とされ、命を落とした。そして、死ぬ前の過去へと……まだ村を出る前の時間に、"戻った"のだ


 これが過去だというのなら、生前の行動を繰り返せば、私はまた勇者を殺し、処刑されてしまうということだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る