第2話 目覚めの悪い朝



 ――――――



「いやぁああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」


 眠っていた意識……それが、強制的にたたき起こされる。

 頭の中で巡ったもの、それはとても現実味のあるものだった。たまらず私は、ガバリと起き上がった。

 たった今見た夢……いや悪夢とも呼べるものに、私はひどく憔悴しょうすいしていた。


 息が、荒い。汗も、すごい。額からだけじゃない、身体中びっしょりだ。

 喉も渇く。手足が、いや体全体が、震えている。


 でも、そんなこと今は、いい。それよりも、真っ先に確かめなければならないことが、ある。


「く、くびっ……く、くっび……あ、ある……首、ある……!」


 ほとんど条件反射で、私は自分の首を触る。ペタペタと、何度も何度も。

 ちゃんと、首はある。この手に、ちゃんと感じている。


 よ、よかった……よかった……!


「ゆ、め……? ……っ、ぅ、えぇ……!」


 首がくっ付いていたことに安心したのも束の間、急激に吐き気を催した。

 とっさに口を押さえるけど、間に合わない。


 口の中にあったものは、全部ぶちまけられてしまった。

 寝起きだからだろうか、胃の中にあまりものがたまっていないのが、幸いだった。


「ぅ……はぁ、ぅえ……はぁ、はっ……」


 気持ち悪い……でも、同時にすっきりとした。体内のものを吐き出したせいだろうか。


 いやな夢を、見た。あんな……首を……! みんなから憎まれて、恨まれて、首を斬られるなんて……

 悪夢にしたって、出来が悪すぎる……


 それに、全部妙な現実感があった。夢の中で感じた人々の刺すような感情……周囲の温度……手枷の、冷たい重み。

 あんなの、夢じゃなくて、まるで……


「ちょっと、どうしたの!?」


 そのとき、バンッ、と音を立てて、部屋の扉が開く。

 その音に、私の肩は跳ねる。続いて叫び声のようなもの……誰かが、部屋に入ってきたのだ。


 ……あれ、部屋……?

 ここって、私の部屋、だよね……あれ? なんで……


 なんで、"私は私の部屋に、寝ているんだ?"


「リィン、朝から騒いでどう……っ、ど、どうしたのそれ! 吐いちゃったの!?」


「……へ?」


 私の部屋に入ってきた、少女……彼女は、私の姿を見て、目を見開いた。正確には、私の周辺を見てだ。

 ベッドの上で起き上がった私は、シーツの上に嘔吐してしまった。さっきの悪夢も合わせて、それはひどい顔をしていたのだろう。

 彼女の驚きも、当然だ。


 彼女は眉を潜めつつ、「お水汲んでくるから!」と言って、部屋を飛び出して行ってしまった。

 慌ただしく部屋を去った少女……その姿に、私は……


「……なんで?」


 自分の頭がおかしくなってしまったのかと、頭を抱えていた。

 なんで彼女が……シーミャンが、ここに……


「なんで、シーミャンが生きてるの……?」


 あの子は……シーミャンは、死んだはず……なのに!?


「お待たせ。あーあー、こんなに汚しちゃって」


 部屋に戻ってきた、シーミャンらしき少女……どう見てもシーミャンだけど……は、水を汲んできた入れ物を置き、ふきんを濡らして掃除を始める。

 私の口元、それに顔も。甲斐甲斐しく拭いてくれる。


 近くで見ると、はっきりわかる。……シーミャン、やっぱりシーミャンだ。

 短く切りそろえた、オレンジ色の髪も。ぱっちりと開いた、緑色の瞳も。白い肌も。懐かしい、このにおいも……全部、シーミャンのものだ。


 嬉しい、シーミャンは生きていたんだ。私は、彼女が……いや、私たちの住んでいた村ごと人々が死んだと獄中で聞かされて、ひどく絶望したものだ。


「……どうしたの、そんな間の抜けた顔をして」


「う、ううん……シーミャン、生きてるって……うれしく、て……」


「なーにを言ってんのこの子は。まだ寝ぼけてるんじゃないの」


 あぁ、シーミャンの喋り方、懐かしいな。声も、どれだけ聞きたいと思ったことか。

 変な悪夢を見て、沈んでいた気分が浮き上がってくるのを感じる。

 もしかしたら、シーミャンが死んだなんて言うのも、夢だったのか。


 そう、そうだよ。だってここは、どう見たって私の部屋だ。冷たい檻の中じゃない。

 ここにいるのは、私をゴミのように見る看守じゃなく、私の幼なじみのシーミャンだ。


 全部、夢だったんだ。だったら、これ以上シーミャンを、心配はさせられない。

 そう思い直して、気分を新たに意気込もうとして……


「まったく。"神聖の儀"に選ばれたんだから、もうちょっとしゃきっとしなさいよ。明日には、王都からの迎えも来るって言うのに」


「……え?」


 その言葉に、ひどく間の抜けた声が、出てしまった。

 聞き違い……だろうか。そうに違いない。だって、それは……その言葉は……


「い、ま……なん、て……?」


「ん? だから、しゃきっとしなって……」


「そう、じゃない。その、前。しん、せいの……」


「? そうよ、"神聖の儀"。選ばれたあんた自身が、一番喜んでたじゃない。

 なによ、やっぱ寝ぼけてるんでしょう」


 しょうがないわね、と、シーミャンは私を立たせ、シーツを変え、服も用意してくれて。てきぱきと行動していく。

 彼女に動いてもらってばかりなのは悪いけど、今はそれどころじゃなかった。


 だって、"神聖の儀"で、私が選ばれて……明日、王都から迎えが来る、って。

 それって、まるっきり……"夢で見た通り"じゃないか。


 ……どこからどこまでが、夢だったんだ? そもそも、アレは本当に夢だったのか?


「はっ、は……!」


 私は、右の手の甲を見た。

 そこには、"神聖の儀"で選ばれた証である紋様、神紋しんもんが刻まれていたのだ。


 赤い紋様……なんだかよくわからない模様が、円の中に書いてある。

 これは、世界を救うため……魔王を討つ勇者パーティーのメンバーとして、選ばれた者の手の甲に表れるという。


 私はこれを、知っている。そして、実際に王都に行った。



 そこで……私は"勇者を殺し、罪人として処刑される"ことになる。

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