5〜図書室に誘われる〜

 臆病と言えば、生まれつきの性格だってそうだ。内向的でなんでもないことでも一人うじうじと悩んでしまう。ストレス発散に友達とカラオケに行くのではなく、部屋に引きこもって本を読む。外の世界はまぶしすぎて、璃仁には刺激が多すぎた。だけど、こういう内向的な性格の持ち主にありがちな「読書好きで勉強が得意」なんていうアドバンテージがあるわけでもなく、学校の成績は中の中、いや中の下ぐらいだった。


 それゆえに璃仁が入学した東雲高校は県の中でも真ん中ぐらいの成績の者たちが通う学校で、生徒数も多い。確か、璃仁の学年は400人ほどの生徒がいる。その中で自分が人並みに華の高校生生活を送れるなんて、入学した時点で微塵も思っていなかった。璃仁にとって学校は剥き出しの自分を曝け出す刑務所のようなもので、笑うことのできない自分に楽しくて幸せな高校生活が待ち受けているはずがないと思い込んでいた。そういうのはもっと主人公っぽい人間が、例えば入学式の日に璃仁の後ろで仲良く小突き合いをしていた二人組や、桜の木の下で写真を撮っていた、あの艶やかな少女——「SHIO」のような人間が経験することだろう。


 まだ始まったばかりの2年4組の教室を見渡して絶望的な気持ちになる。璃仁のことをいじってきた海藤は、もうとうに璃仁のことなど気にならない様子で友達と喋っていた。それなのに自分は過去の嫌な思い出まで思い出してしまい、ひどく滑稽だった。

 璃仁は席から立ち上がり、教室をあとにする。昼休みはあと10分ほどしかない。どに行って何をする予定があるわけでもないが、とにかく海藤のいるあの教室から離れたい一心だった。

 無心で教室から遠ざかり、辿り着いたのは図書室だ。2年生の教室のあるA棟と渡り廊下で繋がるB棟の3階にある図書室からは、2年4組の教室は見えない。そうと分かって自然と足が向いていた。1年生の時から週に2、3度は足を運んでいたので、図書室はもはや教室よりも馴染みの深い場所になりつつある。


 図書室に入った璃仁は、いつもの癖で文庫本の棚の前をふらふらと行ったり来たりしていた。昼休みの終わりが近いので、図書委員たちが図書当番を終えて教室に戻り始めていた。璃仁は去年図書委員をしていたので図書委員の大体の動きは知っていた。最後に並んでいた生徒の本の貸し出しを済ませると、黒髪を耳の後ろへとかき上げて視線を上に上げた女子生徒がいた。


「あ」


 声を上げたのは璃仁ではなく、その図書委員だった。

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