3〜笑っていれば大丈夫〜


 璃仁が育った街は、築数10年にもおよぶ民家が立ち並ぶ住宅街だった。子供の頃はわからなかったけれど、今となれば街全体が低所得世帯で埋め尽くされているのを知っている。駅の方面へと20分ほど歩けば、街並みが小綺麗なものに変わっていくのが見て取れる。道路だって隣町の方が綺麗に舗装されているし、道路沿いには欅の木が等間隔に植えられて緑も多かった。そんな隣町に建つ家は大きくて新しいものばかりで。璃仁の小学校にいた「お金持ち」だというクラスメイトたちはみな、この隣町の方に住んでいた。


 璃仁の父親は高校を卒業したあと、すぐに母親と結婚をした。高卒で就いた仕事はコールセンターのスタッフだった。そんな状況で祖父母に反対されながら母と駆け落ちするようにして結婚をしたので、もちろんお金はなかった。母親は今でもパートを二つ掛け持ちしていて常に忙しい。だから璃仁の相手をする時間もほとんどなかった。幼い頃、両親と家族団欒をしたのがもう遠い昔のことのように感じられた。


「りっくん、辛いことがあっても笑っていれば大丈夫。いつも笑ってれば、困ったときに友達が絶対に助けてくれるから」


 昨日と同じ水色のシャツを着た母は幼い璃仁の頭に手を置いて笑顔を向けた。あれはもう10年以上も前のことだ。当時、璃仁の周りでは最新の冒険ファンタジーゲームが流行っていて、璃仁も母親にねだったことがある。だけど母は「サンタさんにお願いしましょう」と真夏の太陽が照りつける公園で璃仁をなだめた。サンタさんなんてまだまだ先じゃないかとふてくされたのを覚えている。結局クリスマスにもゲームはもらえなかった。璃仁が貰ったのは、靴下の中に入れられた駄菓子セットだけだった。


 その時はがっかりしたけれど、その落胆した気持ちは一週間もすれば忘れていた。クリスマスに理想のサンタが来なくても、家族行事の思い出がなくても、璃仁は「笑っていれば大丈夫」という母の教えを守って過ごした。


 しかし、そんな璃仁の努力が台無しになる事件が起きた。

 小学校三年生のときのことだ。璃仁は母親と同じように前日と同じTシャツを着て登校していた。服装に無頓着だった璃仁は

日々母親から渡される服を着ているだけだったので、昨日着たシャツだろうが新しいシャツだろうが正直どちらでも良かった。


「璃仁ってさ、毎日同じシャツ着てない?」


「ほんとだ、よく見たら米粒がついてる!」


「汚ったねー! お前の母ちゃん、服洗ってくれないの?」

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