2〜失敗〜

「……別に、何も見てないけど」


「嘘つけ。なんかさっき、写真見てただろ?」


 海藤はたった今璃仁が見ていた「SHIO」の写真をどこまで目にしたんだろう。聞かなくても、意味ありげに歪んだ海藤の目がすべてを物語っていた。璃仁は胃の端っこを引き絞られるような気持ち悪さを覚えながら、どうやって彼の攻撃から逃れようかと頭の中はフル回転していた。


「俺が何を見ていたって、海藤には関係ないんじゃないか?」


 いつになく強気な発言が出てしまったのは、今日が二年生の始業式の翌日で、まだこの教室の中で自分を知っている者が少ないと分かっていたからだ。


「おやおや、そんなにムキになるってことはさあ、いかがわしい写真でも見てたんじゃねえのか?」


 いかがわしい写真。

 「SHIO」の投稿写真のどこが「いかがわしい」のかと言われれば、そんなところは一つもない。けれど、女の子のポートレート写真を陰で見ていた璃仁の行動は、「いかがわしい」のではないか。

 一度抱き始めた疑念を、目の前で悪意を滲ませる男に悟られないように、璃仁は口を噤む。しかしその反応が、海藤にとっては肯定の意にとられたらしい。


「うわあああ、否定しないんだ? やべえよこいつ。新学期早々女の子のいかがわしい写真を教室でニタニタしながら見てるなんてさあっ」


 海藤はわざと大きな声で璃仁を嘲笑した。決して“ニタニタ”しながら「SHIO」の写真を見ていたわけではないが、今そんなことを否定したところで意味はない。


 教室にいるクラスメイトたちが一斉に璃仁の方を振り返る。璃仁は視線の海から逃れるようにして首を垂れた。ヒソヒソと、誰かが囁く声が聞こえる。それが璃仁に対して投げかけられているものではないにしても、今の璃仁にはすべて自分を貶めるものに聞こえた。


 しばらくじっと耐えているとクラスメイトたちも海藤も璃仁を揶揄うことに飽きたのか、知らぬ間に視線は分散していた。新学期早々、失敗した、と璃仁は思った。どうして教室で「SHIO」の投稿なんか見ていたんだろう。数分前の自分の行動を呪いたくなる。けれど、今日この事件がなくても、近いうちに同じような状況に陥っていたような気もする。


 だって一年生の時も、中学生の時もそうだったから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る