一、幸せテロ

1〜心奪われて〜

 幸せテロだ、と思った。

 

 璃仁が初めて写真投稿アプリを開いた高校の入学式の日、流れてくるとっておきの写真たちは、投稿主がどれだけ充実した日々を送っているか、映えるものを撮ることができるのかを強く主張していた。それがあまりに眩し過ぎて、璃仁はそっとアプリを閉じてしまおうかと思った。けれど、その中に見つけた「SHIO」の投稿にすっかり心を奪われてしまったのだ。


 その後もアプリを開く度に「SHIO」以外のユーザーの投稿は胸焼けのしそうなものばかりだった。「彼氏と三年記念日のお祝いにフレンチを食べに行きました」「サークルのメンバーと海!」「免許合宿、休日にみんなでBBQ」と、「煌めく自分」を前面に押し出してくる投稿が、次々と写真の海に流れてきた。自分がそれほど充実した毎日を送っていない分、誰かの幸せな投稿は鋭い刃のように璃仁の心臓を突き刺した。


 それなのに、「SHIO」の投稿を見るために璃仁はアプリを開き続けた。普通に考えれば、この「SHIO」の投稿だって「幸せのテロ」に他ならない。「SHIO」の投稿は自分自身が写ったものがほとんどだった。自分の容姿によっぽど自信があるのだろう。しかし、写真の中の「SHIO」はどれもどこかアンニュイな雰囲気が漂っていて、一度目にすると釘付けにされてしまうという魔力があった。キャピキャピした可愛い自分の姿ではなく、何かを思案するような表情、切なげな瞳、半開きになった唇が映し出された写真たちに、心を奪われているのはきっと璃仁だけじゃないんだろう。


田辺たなべ、お前何見てんの?」


 二年生の始業式から翌日、昼休みになっても二年四組の教室はまだどこかよそよそしい空気を纏っていた。しかし一年生から仲の良かった友人とすでにグループを作っている者、新しいメンバー同士で和気藹々と駄弁っている者もいる。社交性、外交的、協調性、という社会で生きていく上で必須となるスキルが璃仁の頭の中で泡のように浮かんではぱちんと弾けて消えていく。璃仁には生来そのどれも備え付けられていなかった。


 だが、そんな中で璃仁に話しかけてくる物好きなやつがいた。

 海藤良文かいとうよしふみといって、一年生の時から同じクラスだった男子だ。中学の頃からラグビー部に所属していて、体格がいい。おまけに身長は180センチほどあるので、170センチ台の璃仁からすれば大男に見える。璃仁はスマホの上を滑らせていた指を止め、すぐさまスマホの電源ボタンを押した。画面はそれで真っ暗になったのだが、振り返って確認した海藤の目尻がきゅっと細くなり、璃仁をどう揶揄おうかと楽しみにしている様子だった。



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